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外交官 第30話(最終回) 国際人を育てる

【小川 郷太郎】
全日本柔道連盟 特別顧問
東大柔道部OB
丸の内柔道倶楽部
外交官
2017年7月5日

第30話(最終回) 国際人を育てる  

これまで、自分の体験をもとにいろいろお話してきたが、私が言いたかったことはおよそ次のようなことである。

①世界の国々はそれぞれ歴史や文化が違う。
しかし、「違い」はとても面白いし刺激となって、そこから学ぶことが多い。

②歴史体験や考え方が違っても、結局付き合っていけばどこの国でも人間の心は同じであるので理解し合えるし、相手の立場に立って考えることが重要である。

③近年グローバリゼーションの進展によって世界各国間の相互依存関係はますます深くなり、これからは日常生活においても仕事においても外国人と接する機会が普通のことになりつつある。

④日本は世界から尊敬されている大国であるが、
近年内向き傾向になり国力も衰退している。

⑤日本を取り巻く安全保障環境が緊張をはらむ状況になってきている。とくに近隣国との関係をどう改善していくかが緊急の課題である。

そこで、「私が総理大臣になったら」というこの章の最後の政策として、これからの社会を背負っていく若い人を中心に国際人を育成することを提言したい。
「国際人」とは、英語など外国語を身につけることも必要だが、たとえ言葉が話せなくても世界の情勢、各国の歴史や国民性などに関心をもって大まかにでも把握して、日本の置かれた状況やなすべきことについて正しい感覚や判断力を持てる人、さらには外国人との接触や交流に躊躇や違和感を感じない人のことである。

もちろん、国民全員が国際人になることはできないし、必要でもないだろう。総理大臣が指導力を発揮して国民に呼びかけ、政策を実施することが必要だが、国民は総理や政党に任せるのでなく、みずから「国際人」になる必要性を理解し、そういう意識をもって対処していくことが望まれる。
ここで、私が考える国際人育成支援のためのいくつかの施策を例示してみたい。


1.学校教育の革新
(1)まず、英語教育の改革である。その中心は「耳から入る英語教育」で、幼稚園、小学校低学年の生徒を対象に毎日30分程度、英語のアニメなどのビデオを反復して見せること。
幼児はじっと見ていて何ヶ月かすると映像の動きで自然に音や意味が解ってきて、それが進むと綺麗な発音で話すこともできるようになる。デンマークの子供や若者の英語能力はそういう経験に育まれたようだし、自分の息子もモスクワで毎日テレビで現地のロシア語のアニメを見ていたが、ある日突然ロシア語を喋ってまわりを驚かせたことがある。

日本の中学、高校、大学のレベルでは文法教育に時間をかけすぎていることが弊害をもたらしている。英語の文章を日本語で分析して、これが主語でこれが目的語だとか、この関係代名詞はどこにかかるかなどと考えているので、英語を聞き取ったり話す能力が進歩しないのである。英語の文章を頭の中で日本語で論理的に考えるのではなく、そのまま丸ごと覚えることが大事である。

私は、いつもまとまった文章のかたまりを何十回と反復して音読する練習をした。ほとんど暗記できるくらいまでに繰り返し音読すると正しい文章が自然に口を突いて出てくるようになる。「括弧の中に正しい前置詞を入れよ」などの試験問題が出ても、頭で考えることなく正しい前置詞が口調で自然と出てくるようになる。

(2)中学、高校、大学レベルでは、発信力、自己主張の能力を養うための新しいカリキュラムを作成する。アジアを含む海外では発信力や自己主張能力の高い若者が多い。外国人の自己主張の前で黙っていることは負けである。それを避けるためにも気持ちの持ち方も含め学校教育の中で発信や議論の仕方を教えることにしたい。

(3)外国人と議論をしたり主張するには議論するテーマについて知識がなければ不可能である。だから、外国人と話題になる可能性の高い問題についての教育が大事である。韓国や中国との「歴史認識」摩擦では、歴史的事実について日本人の知識が乏しいところが問題になっている。
だから、中学、高校では中国や韓国と日本との近現代史や日米戦争のこと、現代の国際関係情勢などを必修科目にすべきで、入試でもこれらについて問題を出すことが必要だ。

もう一つ重要なものは、日本についての知識だ。外国人は日本の文化に関心が高い。仏教や神道、歌舞伎や能、禅、茶道のことなどについてよく聞かれる。基本的なことを学んでおくことが欠かせない。知識を持っていて説明をすれば、相手の信頼感や親密感が大いに増す。
限られた教育課程ですべてを教えることは不可能であるので、結局は他の教科との関連で取捨選択して新たなカリキュラムを作成するべきだ。国際化時代を考慮して選択科目を増やして再編成すればよい。


2.異文化学習支援:外国人と接する機会を増やす
(1)「百聞は一見にしかず」で、外国のことを理解するためには直接海外の人々と接することが不可欠で、かつ、それが最も効果的である。だから、政府としてそのような機会を提供したり、民間の努力を支援したらよい。どんなことが現実的にできるか。いくつか挙げてみよう。

・例えば、高校1年次に各校が海外修学旅行を行う。アジア諸国は費用の面から便利だけでなく、日本にとっての重要性からも格好の行先だ。中国や韓国に行ってみると、報道などを通じて考えていた相手の国の状況と随分違うことがわかるだろう。

行ったら現地の高校生たちと話し合ったり、日本と違う文化や経済状況を知るための日程を入れる。相手の学校と交流することも面白い。これを実施するには先生方の意識改革が求められるだろうし、適当な学校を探すのに現地の日本大使館が側面支援することも大事だ。

・毎年日本に海外から何百人もの高校生が来日する。その多くが1年ほど日本の高校に通う。日本の高校が積極的に外国の生徒を受け入れ、日本の家庭が海外の生徒を家族の一員として受け容れるホストファミリーになることがよい。案じるよりやってみると面白い。

外国人と身近に生活することで、思いがけない多くのことを学ぶ。問題も生じうるがそれを解決すること自体が異文化学習として貴重な体験になる。外国人の生徒が家庭に入ると、親だけでなく子供たちにも海外への関心や異文化理解の点で様々な刺激を与える。政府や自治体・教育委員会がホストファミリーを大いに応援するべきである。

・第1次安倍政権の2007年、総理が「21世紀東アジア青少年大交流計画(JENESYS)」を提唱した。これに基づき、2012年までの5年間に毎年6000人の東アジア地域(アセアン、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランド)の若者を日本に招聘した。

短期の日本滞在が主であったが、日本の家庭でのホームステイや学校訪問も日程に組まれた。私もその一部の交流に関わったが、東アジアの若者の親日感増進だけでなく、日本の若者の海外への関心や親近感醸成に非常に大きな効果があった。このような事業は継続的に行われてこそ効果が出るものである。この種の計画を、日本人青少年の海外派遣も含めて毎年実施すべきである。

(2)さらに効果が高いのは高校留学である。同じ留学でも高校時代の留学と大学留学とでは、大いに意味が違う。大学留学では学問や研究が主目的になるが、高校留学では外国の学校に通ったり外国人の家庭にお世話になって生活する。感受性が強く異文化吸収能力の高い高校生の成長過程では人間形成に絶大な好影響を及ぼす。非常に多くの高校留学経験者が異口同音に、留学がその後の自分の人生に決定的影響を与えたと言う。

留学をする場合、国内に高校留学を推進するしっかりした組織がいくつかあるのでこれらの組織を活用できる。日本の大学受験のために高校留学を断念する人も少なくないが、教員も親も生徒自身も国際化時代の生き方を念頭に若者の人生の進路を考えるべきだ。

(3)海外から来日する若者と日本の若者との交流会などを観ていると、海外の若者が展開する活発な話題提供や意見表明に日本の若者が付いて行けない事例を目にすることが少なくない。

今の日本の学生たちは大学入試のために高校時代に大変な時間と労力を費やす。やっと大学に入りしばし自由を謳歌できたとしても大学生活の後半は今度は就活にエネルギーを注ぐことになる。諸外国の実情や変化する世界の実態に関心を持ったり、それらに触れる機会が少なく、視野や思考が内向きになる傾向がある。若いうちに海外を体験することは視野を拡げ人間形成に役立つ。

若者自らが意志をもってその機会を作ることが大事だが、実際にそこまで行けない人が多い現実があるので若者の海外体験支援が必要で、官民それぞれの立場からそれを応援することが望ましい。

韓国の一流企業のいくつかは新入社員を早期に海外勤務に出すそうだ。海外での事業展開や外国企業との連携が増える時代であるので、日本企業も若手社員にどんどん海外体験をさせるべきだ。
国の途上国援助機関である国際協力機構(JICA)や海外で活動する日本のNGOで日本の若者をインターン体験させることも効果がある。JICAではすでに実践しているようだ。政府もそれを奨励したり支援することが望ましい。


3.政府の役割
安倍政権になって、「働き方改革」のように総理が積極的に音頭をとって生き方を変えようとしていることは大いに評価される。

私が総理だったら、国際人育成を目指した官民の意識改革にも先頭に立って旗を振ると同時に政府が必要な予算措置をとるよう指示する。人的交流の抜本的拡充のために、第29話で提示した「国際協力費」の予算を創設する。人的交流の対象に青少年だけでなく、教員や報道陣も加える。

これまでも述べたように、こうした政策に必要な予算額は必ずしも大きなものではない。前述の「21世紀東アジア青少年大交流計画」の予算は5年間で350億円だそうだ。

社会保障費、防衛費、公共事業費など数兆円から40兆円ぐらいの国家予算費目の間で調整して、例えば毎年500億円程度の国際交流予算を捻り出すのはさほど困難ではない。国策としての重要性を考えて費用対効果の観点から是非実現したい。

花 (木瓜、ムスカリ)(2005.5.1.) 
花 (木瓜、ムスカリ)(2005.5.1.) 



筆者近影

【小川 郷太郎】
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