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外交官 第16話 現場に行かなきゃわからない (その1)社会主義体制の崩壊を予言(2/2)

【小川 郷太郎】
全日本柔道連盟 特別顧問
東大柔道部OB
丸の内柔道倶楽部
外交官

第16話 現場に行かなきゃわからない

(その1)社会主義体制の崩壊を予言(2/2)

結局40日間に及んだ東欧の旅の印象はというと、もちろん国々によって差はあるが、東欧は全体として、事前のイメージ通り社会の雰囲気がとても暗かった。溌剌とした活発さに欠け、澱(よど)んだ空気がある。それはフランス、イギリス、ドイツ、ベルギーなど西欧諸国と比べると気の毒なほどだ。

旅行を振り返ると、澱んだ空気の原因は、一口で言うと、人間を抑圧する社会体制からくるものだと感じた。そこにいると圧迫感があるのだ。

第一に、外国人だけでなく国民をも監視し警戒する当局の存在が感じられる。最初の社会主義国チェコスロバキアの国境に達したのは、たまたま1968年のチェコ事件(自由を求めた「プラハの春」を鎮圧するためワルシャワ条約機構軍が侵攻した)から2年目の日の前夜だったこともあって、国境での警戒は厳重であった。

国境で追い返された人たちもいたが、私は外交ビザだったためだろうか、何とか通過できた。しかし、銃を肩にした兵士が何人か立っていて、ふたつもある踏切で止められて、その都度持っている書類や車などを時間をかけて調べる。
1時間半ぐらいかかっただろうか、ようやくOKが出て二つ目の踏切を通り過ぎたときは、正直ほっとしたのである。身近に銃を構えた兵士が立っていると威圧感がある。結果がどうなるか案じられる長い待ち時間。最初から、貴重な経験だ。

チェコを過ぎてハンガリーの片田舎を通っていたある日の夕方、村の広場に祭りのような人だかりを見た。面白いと思って車を止めてブラブラ見て歩いた。ここでも軍服の兵士があちこちにいた。
最初は祭りの作業を手伝うためかと思ったが、やはりここでも銃を肩にしながら、ときどき顔を前後左右に回しながらゆっくり歩きまわっている。やはり村人たちを監視している風情だ。言葉がしゃべれれないので聞くこともできないが、人が集まるところを警戒しているのだろうと推測した。

ルーマニアの地方都市で宿屋を探すため市役所みたいなところに行くと、思いがけなく民宿を紹介してくれた。これは面白いと思って、住所をもとにその家に行くと、感じのいいおばさんが出てきてフランス語で話してくれた。その日は客は私一人と言っていたのだが、荷物を部屋において街をぶらぶらしてから戻ると、もう一人「客」が入っていた。
その人もフランス語で「自分はどこどこで教師をしている」と自己紹介しながら、やけに親しげに話しかけてくる。私のことをいろいろ聞いてくるので、もしかしたら調べられているのかもしれないと思った。

この宿のおばさんとは親しくなり、フランスに戻った後も2,3度文通をしたが、ある日ぷっつりと先方からの手紙は来なくなった。なぜかは知るすべはないが、あれだけ楽しそうに手紙を書いてくれた人が突如音信不通になるのは、おそらく検閲をしている当局から外国人との文通を禁じられたのだろうと、勝手に推測した。

もうひとつ、実はルーマニアには、その前年にフランスのツールにある外国人向けのフランス語学校で知り合った友人がいた。地方の町出身で、聞いていた住所を訪ねると、家族ぐるみで温かく迎えてくれた。質素ながら家庭で御馳走になったが、話をする際にときどき周りを気にしながら、小さな声で話すのにすぐ気が付いた。やはり盗聴などを気にしているのだろうと思った。
ルーマニアはその当時から国内的締め付けが最も厳しい国だったのだ。外国人を家に呼んだりすると当局に眼をつけれられるのではと心配して、こちらも落ち着かない気持ちだ。

そのルーマニアの南西部の大きな地方都市で食料品店を覗いてみた。別に何か買うためではなく経済の発展度を見るためだったが、やはり驚いた。決して小さくはない店の棚には空いたスペースが多く、並んでいる商品ときたら、色あせたラベルが貼ってある古そうな缶詰や瓶詰ぐらいだ。果物もあったが、これも古びたものだった。
先ほど述べた民宿のおばさんは、私が持っていた普通の日本製の品々を見て何でも「素晴らしく美しい」と言い、目を輝かす。例えば、小さな旅行用の目覚まし時計を見ると、是非売ってほしいと懇願された。熱心に言われたが、その後の旅に必要だったのでお断りせざるを得なかった。お金はそれなりにあっても、買う物が少なく、物があったとしてもその品質やデザインは自由諸国の物と比べて、著しく劣っていた。

チェコスロバキア以南の共産圏諸国は経済の発展度はそれぞれ違うが、国内の政治的な統制や絞めつけの度合いに比例して経済の発展に違いが見られた。ハンガリーやユーゴはある程度の自由があったせいか、経済の発展度や色などを含めた街の雰囲気の「明るさ」などは他の国より進んでいた。

もっとも「暗い」のは言わずと知れたルーマニアだった。盗聴されているのではないかと周りを不安げに見まわす人たち。古びた食品がまばらに並ぶ食料品店の棚などなど。あの独裁者チャウシェスク共産党書記長が君臨した時代であった。ソフィアの街は晴れていても心理的な雰囲気は実に暗い。明るい色彩はなく、古めかしくイカツイ建物の上部には赤い布地の上に共産党のスローガンが大きく掲げられていた。
地方の道路には車が非常に少なく、たまに馬や牛が荷車を引っ張っているのが見えたり、道路を横切るガチョウの一団に出くわしたりする程度だった。

最後の社会主義国のブルガリアも、ルーマニアに次ぐくらいに暗い雰囲気であった。ブルガリの国境を抜けてギリシャの北東部のテサロニケに入ったときは、太陽が急に明るく温かくなったのを感じた。「おお、やっと自由の国に来た!」と叫んでしまった。何か身体全体にのしかかっていた重圧みたいなものが急になくなって、心が浮き浮きしてきたのを感じたのだ。

東欧の街を周り終ってみた強い感想は、「共産主義・社会主義の体制は人間性を抑圧している」「だから、社会主義体制は必ず滅びる」というものだった。1970年の夏のことである。

ときは移ろいて、1989年の旧ソ連邦時代のモスクワ勤務の時。1985年に就任したゴルバチョフ書記長が「ペレストロイカ」政策を推進し、それまで強権で抑えられていたソ連社会が少しずつ民主化され、市場経済が導入されたことにより、流動化してきた。
それが東欧諸国に波及して自由を求める声が広がり、1989年、ついにベルリンの壁が崩壊した。歴史の大きな変化であった。ベルリンの壁の崩壊は、社会主義の崩壊である。モスクワが震源地となって民主化が東欧に浸透したことによって、人間を抑圧していた体制がついに崩れたのだ。

「社会主義体制は必ず滅びる」という19年前の確信が間違っていなかったことを、震源地のモスクワにいて実感して感慨が深かった。現場を見たから予言できたのではないか、一人で密かに思っている。

キシネフのインツーリスト・ホテルから見た街(1990.2.9~12.)
【 キシネフのインツーリスト・ホテルから見た街(1990.2.9~12.)】



筆者近影

【小川 郷太郎】
現在





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