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愚息の独り言「幼年時代の旅行 第19話 フランス到着」


愚息の独り言
「幼年時代の旅行 第19話 フランス到着」

2013年12月27日


その昔マルセイユはヨーロッパの人達にとって世界3大美港のひとつだった。
あと二つはサンフランシスコと香港。
日本人にとってはサンフランシスコ、香港、神戸だったが。

船がマルセイユに近付いてくると急に不安になってきた。
神戸まで見送りに来てくれた遠い親戚の毛利さんが神戸を離れる時に
「雄峰君の天下はマルセイユまでだな」と言っていた事が妙に耳にこびりついている。

神戸出港時
(神戸出港時)

僕が生まれて直ぐ、単身赴任でヨーロッパに渡った男。
家の写真でしか見た事のない化け物の様な男。胃が痛くなる。
写真で見ている間は良い。
しかしその男が現実に目の前に現れる。
とてもじゃないが軽い気持ちでは済まされない。

ましてやこちら(僕)は軟弱な、
女性の中で育てられた小僧。
理屈ではない、 本能的な恐怖心が湧いて来た。

男の名は道上 伯。

船着き場でじっとこちらを見ている。
フランス語を教えてくれた中島さんが  突然 
”え!お父さん男前じゃないですか!”
ガキの僕には男前と言う意味が分からなかった。また父が男前だとも思わなかった。

船のタラップを降りて税関を通る。
父の弟子だという税関長に、申告する物はないですか?と聞かれ
母が何もないと答える。我々は引越しだったので結構な荷物があった。
お土産はないか?と父が母に訪ね、母から父に何か手渡す。
さらに父が税関長にその何かを渡した。

日本から持ってきた行李(こうり)2個をパリへ送る手続きを済ませ
父の車に乗り込んだ。父が運転し僕はその隣の席。後ろに母と姉。
まず姿勢が悪いと注意を受ける。
父は右手で僕の顎を車のシートに押し付ける。
何だか分からないが異常なまでに怖くて強いエネルギーが僕を襲う。
これから地獄が始まりそうな気がした。

父の車はシトロエン。
シトロエンはサスペンションが良いので有名だ。
その車で Massif Central (マシーフ・サントラル)を進む。
フランスの中央山脈と言うらしいが僕にとっては山というより大平原だ。

背筋を矯正されながらフランス語の1・2・3・・・。を発音しながら教えてくれる。
何回も何回も繰り返すが緊張のあまりまるで覚えられない。
何十回も繰り返しているうちに夕方になりホテルに入った。

*Relais Chateaux (ルレ・シャトー)の会員になっているホテルだという。
当時殆どのルレ・シャトーは昔のお城を改装したレストラン・ホテルだった。
今はRelais & Chateaux (ルレ・エ・シャトー)といって必ずしもお城ではない。
その頃のフランスではお城はほとんどが「ただ」で売買されていた。
その代わり年間いくら使って改装しなければならない、とか維持費をいくら使わなければいけないという制約があった。
一方ルレ・シャトーの様に営業が出来るお城の場合は結構な値段で売り買いされる。

この南仏からパリまでの区間を自動車でのんびり3日掛けて旅行するのが本当に素晴らしい。僕の一押しです。好きな所で食事をし好きな所で寝泊りする。

しかもフランスの中央山脈は素晴らしい景観を持つ。

日本の道路と違って動きやすいのと看板などがきちんとわかりやすく書かれているので外国人でもミシュランガイドブックを片手に十分楽しい旅行が出来る。
また料理が美味しい!その地域ごとの美味しい料理が待っている。

だが、しかしそんな事とは関係なく僕の体は凍りついてしまう。
ホテルでは寝る部屋も父と一緒だ!
檻の中に猛獣と一緒に隔離されているような気分。恐怖の毎日!
素晴らしさ、美味しさは印象にある。が、具体性が無い。何も憶えていないのだ。
恐怖心が勝ってしまっている。

フ ランスの大平原、地平線が遠くに見える。
かなりのスピードを出してもその感覚が無い。景色が日本の様に変わらない。

従って標識を見落とすことがない。
今の様にカーナビが無くとも地図片手で十分移動できるのが素晴らしい。

そんな素晴らしさを感動する間もなく。パリへ。

3泊4日かけ、やっとパリへ着いた。
パリでは何が起こったのか?

道上伯 氏


続く・・・。



【 道上 雄峰 】
幼年時代フランス・ボルドーで育つ。
当時日本のワインが余りにもコストパフォーマンスが悪く憤りを感じ、自身での輸入販売を開始。



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