ソムリエの追言「ワインの名前の意味」

ソムリエの追言「ワインの名前の意味」


以前ワインの名前にいくつかパターンがあるということを書かせていただいたことがあります。

【ワインの名前の意味
皆様そのワインがどうしてその名前になったか考えた事はありますでしょうか。

日本のワインですと想像がつきます。 甲州と書いてあれば山梨県でつくられているワインか、甲州種のブドウからつくられているワインの意味です。

フランス語ですと少し難しいですね。

意味を調べてみると「なるほど」と思うものが多く、複雑なワインの名前の理解に一役買ってくれるかもしれません。

ところで世界のワインには何種類位名前があるのでしょうか。

色々調べているのですが、具体的な数字は中々見つかりません。

例えばフランスのボルドーだけでも1万以上の生産者がいると言われていて、生産者によっては数種類のワインをつくっている場合がほとんどなので、その数は3万種類以上と言われています。

フランスやイタリアでは20万種類以上のワインがあるとも言われています。

両国とも世界の生産量の20%以上を占めていると言われていますので、単純計算で100万種類のワインがある計算になります。

それだけの種類のワインがあるので、中々覚える事はできません。

今回はフランスのワインの中でも名前が面白い物をいくつか取り上げてみようと思います。

【黄金の雫
世界最高の白ワインの1つであるブルゴーニュのムルソー村に「グットゥ・ドール」と名づけられた畑があります。

意味はその味にふさわしい「黄金の雫」の意味です。

辛口の白ワインなのですが、色を見ると甘口の貴腐ワインと間違えてしまいそうな色の濃さです。

ひょっとすると辛口白ワインの中では1番色が濃いかもしれません。

かの有名なアメリカ独立宣言の起草者、第3代大統領のトーマス・ジェファーソンもこのワインがお気に入りだったらしく、アメリカでもこのワインは人気があるそうです。

世界最高の白ワインを産出するムルソー村のワインですが、この村には不思議と1番高い格付けの特級畑が1つもありません。

グットゥ・ドールも特級畑の1つ下にある1級畑の格付けです。

どうしてかと言うと畑の格付けが決まる時、生産者の一部が税金が高くなるから反対したらしいのです。

税金が高くなると当然ワイン1本1本の値段も上がってしまいます。

結局はそれが消費者の負担になる事を良く思わなかった生産者のおかげで、ブルゴーニュの他のワインに比べてまだ値段が高騰していません。

高騰していないと言っても大人気のワインです。

トップ生産者、例えば「コント・ラフォン」がつくるグットゥ・ドールは近年の良い年の物ですと、数万円してしまいます。

近年ですと1990年、1997年、1999年がムルソーの当たり年と言われています。

お客様に何度か試飲させていただいた事があるのですが、甘口のワインと同じ位エキス分が高いからでしょうか。まずその粘性の高さに驚かされます。

飲んだ時の舌触りも蜂蜜を食べた時みたいにトロリとしているんです。

飲み込んだ後には、ハチミツやバターの風味がいつまでも口の中に残ります。

この時どうしてこのワインがグットゥ・ドールか理解できた気がします。

【シャンベルタン】
優しい味わいの赤ワインが多いブルゴーニュの中でも、ジュヴレ・シャンベルタン村のワインは渋み成分が多いワインとして知られていますが、中には優しい味わいの物があります。「シャルム・シャンベルタン」です。

シャルムの意味は英語で言うところのチャーミングです。

そしてシャンベルタンの意味です。13世紀にある1人の農夫、ベルタンさんがジュヴレ村にやってきました。

ジュヴレ村で土地を買って畑を開墾したのです。

やがてその土地は、ベルタンさんの畑を意味する「シャン・ド・ベルタン」と呼ばれる様になり、次第に「シャンベルタン」と呼ばれるようになったそうです。

そしてジュヴレだった村の名前が、ベルタンさんの造るワインがあまりに素晴らしかったため、今では村の名前まで変わってしまったわけです。

ジュヴレ・シャンベルタンには果実味が豊かなワインができる「グリオット・シャンべルタン」と言う畑もあるのですが、グリオットはサクランボの種類の1つです。

まだ軽井沢で働いていた時、業者の試飲会で、シャルム・シャンベルタンと、グリオット・シャンベルタンが飲める機会がありました。場所は長野県の松本です。

同じ長野県と言っても広い県、都市部と違って交通の便もあまり良くなく、電車で行くと2時間かかってしまいます。

当時働いていたレストランは仕事もいそがしく、週1日の休みだったため休みの日は体を休めたかった所ですが、自分では中々手が出せないワインが試飲できるせっかくの機会、体に鞭打ち片道2時間かけて行きました。

その試飲会で飲めるワインは、もちろん2種類だけではありません。ジュヴレ・シャンベルタン村で1番評価が高い特級畑のシャンベルタンもありました。

しかもトップ生産者のクロード・デュガです。

3本買うと10万円は間違いなく超えます。

週に1度の休みにわざわざ来たかいがあります。

そのどれも間違いなく美味しいのですが、飲み比べてみるとどれがどのワインか面白いぐらい分かるんです。

シャンベルタンはスケールが大きく、まるでボルドーワインと間違えてしまいそうな位渋みが強く、シャルム・シャンベルタンはその名前の通り、渋みはあまりなくブルゴーニュらしい繊細な味わいです。

シャルム・シャンベルタンは言われなければ、この村のワインと分からないかもしれません。

グリオット・シャンベルタンはひょっとすると味よりも香りに特徴があるかもしれません。

香りのテイスティング用語でも「グリオット」があるのですが、本当にグリオットの香りであふれています。

他のシャンベルタンにもグリオットの香りがありますが、グリオット・シャンベルタンの香りは別格です。この辺りがグリオットと名づけられた所以でしょうか。

【憂鬱よさようなら】
某有名マンガにも取り上げられたボルドーのワイン「シャトー・シャス・スプリーン」

この意味は「憂鬱よさようなら」ですが、元々のシャトーの名前は、人の名前からつけられていて、「グラン・プジョー」であることはあまり知られていません。偉大なプジョーさんのお城と言った意味です。

それがなぜシャス・スプリーンに変わったかと言うと、19世紀に詩人のシャルル・ボードレールが書いた スプリーンと言う詩から引用したと言われていますが、実はもう1つの説もあります。

ワイン愛好家のロード・バイロン(イギリスの詩人)がこのシャトーを訪れてワインを飲んだ時に、「憂鬱を取り除くには、このワイン以上の物はない」と言った記録があるそうです。

ロード・バイロンも何かつらいことがあったのでしょうか。ひょっとするとつらい時にお酒を飲んで忘れようとするのは、世界共通なのかもしれません。

ワインの名前からその味を求められたり、逆に味わいからその名前がつけられたり、どちらもあり得ると思います。

どうしてそのワインがその名前になったか、考えながら飲むとワインが一際楽しくなると思いませんか。