改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第十六話 「第7章 極悪人シーア」

愛は国境を越えてやってきた。

不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、 日本人駐在員は愛と友情をかけて、 マフィアと闘う。

女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

第7章 極悪人シーア

「キャー、誰か来てー」

おでん屋マイでは、大変な事件が起きている。

プーがマイに頼まれて仕込みの具を入れようと蓋を開けた。

そこには黒猫の首が入っていた。首は、ナイフで切り落とされた痕があった。

プーの悲鳴でマイとプンが飛んできた。

マイはなにか起きる大きな凶事の予兆のように感じた。

(こんなこと誰がしたんだろう?もちろんこれまでこんな事は無かった。

いや、こんなこと誰ができるんだろう? )

マイはすぐに木村に電話をした。

「おでんに猫の首を入れた?だれの指示だ、ナカジマさんか?味が良くなるの?」

(通じてないな・・・・・・、あきれた日本人だ、頼りになるのかならないのか)

マイは木村の能天気な顔を浮かべた。とにかく木村はすぐに来るようだ。

プラーから「どこか涼しいところで休みましょう」と言われて舞い上がった。

「ホテルに行こうか・・・・・・」先ほどニンを見て意気消沈していた俺の言葉とは思えない。

「エッ、あそこの木の下のベンチでいいよ。アイスクリーム買ってくるから先に座っていて」

プラーは笑いながら言った。

(そういうことね、プラーに誤解されないといいな。

いや、どこの国でもしっかり誤解される発言だったかな)

プラーが買ってきたアイスクリームを黙って食べた。 

恥ずかしくて次の言葉が出ない。

そのとき、マイから携帯に電話がかかってきた。

「ごめんね、ちょっとおでん屋マイで事件があった。プラーを送ってクロントイに行くよ」

「わたしも行っていい?」

「うーん、今度連れていくよ。今日は何か事件があったみたいだから一人で行くよ」

「そう、わかったわ。ホテルはもう少し経ってから、ねっ」プラーはやさしく俺の手を握った。

家までは送らなくていいと強く言い張ったので、プラーをタニヤまで送ってクロントイのスラム街に向かった。

マイの家に着くと、マイとプンとプーが三人で屋台を洗っている。

「ニンさんは?」

「ホアヒン」ぶっきらぼうに答えた。

プンが猫の頭が捨ててあるごみ入れに俺の手を引いて行った。

猫の頭はビニールに包まれていて中が良く見えた。

「カーオだな」こんなことをするのは、カーオしかいない。奴は刑務所を出たな、宣戦布告か」

マイから朝からの行動を聞いた。微妙なニュアンスはわからないが大体のタイ語はわかる。

今日おでんの蓋を開けたのは3回。1回目は10時頃、屋台を置いてある倉庫からマイの家の前に屋台を運んだ時。

2回目は12時30分頃、マイとプーとプンの三人でおでんの具のチェック。

3回目が2時30分頃でプーが仕入れから帰って来た時だ。その時、黒猫の首が入っていたわけである。

「うん、犯行は12時40分から2時30分までに行われたな」

得意そうに言ったが、誰でもわかることなのか、誰も感心しなかった。

「ニンちゃんはいないの?」

何気ないプンの一言に軽いショックを覚え、奮起した。

情報・証拠は時間が経つと散逸する。

ビッグベアをすぐ呼び、他の屋台に被害がないか、それとこの辺一帯で昼頃、不審者を見かけなかったか仲間に聞き込みを頼んだ。

「マイ、すぐに警察に届けて」

今のところ他の屋台に被害はないようである。

ぞくぞくとビッグベアの仲間からの情報が入ってきた。

しかし、犯人に結びつくこれといった情報はない。今の状況で犯行が可能な人間を絞った。

チラッとプーを見て皆に言った。

「今回の状況で考えたくないが、犯人がわかった。犯人は・・・・・・」

プーが下を向いた。

「犯人はマイだ・・・・・・あはは、冗談、冗談」

誰も笑わなかった。

シラーっとした空気が流れ、完全に無視された。

ビッグベアが、
「昼頃、この近くのゴミ箱になにやらゴミを捨てたおばあさんがいたのを見た奴がいる。

ゴミを捨てたあと、おばあさんとは思えない早足で去って行ったそうだ」

「そのゴミあたってくれないか?」

「もう、持ってきましたよ、ほら」血のりの付いたビニールが入った紙袋を見せた。

「そのばばぁは、クンだな。爪をはがされたお礼の印か。この喧嘩、受けてやるぜ」

「カーオの居そうなところ探せないか?」

「潜んでいそうなカオサンに用心棒仲間のシルバー・ウルフ、中華街に薬の売人のワンがいる。あたってみますよ」ビッグベアが答えた。

クンはカーオの3か月前に刑期を終えていた。

ニンのいるタニヤ通りに戻れなかったので、スクンビット通りのソイナナのカラオケバーに勤め、カーオが刑期を終えるのを待っていた。

ソイナナはゴーゴーバーの名所でバンコクでは、パッポン通り、ソイカーボーイと並んでゴーゴーバーが多い歓楽街である。

クンは、カラオケバーから高架鉄道スクンビット線で10分あまりのエッカマイ駅の近くにアパートを借りた。

クンのエッカマイのアパートにカーオ等は集まって戦略を立てていた。

カーオの刑務所で同房だったシーア(破壊)もいる。

シーアは、30代の半ば頃だろうか、無駄な肉がついていない。

鋭い細い眼と薄い唇がひどく残忍そうに見える。

唇から頬にかけて7センチほどの傷跡がある。

「プンを誘拐したあと生かしておくと邪魔になるな。俺の顔も覚えられる。

殺してチャオプラヤー河に放り込むのが一番だ」シーアが言うと、 「内臓抜いてからね。腎臓は血液型に関係なく移植できるそうよ。金持ちで欲しがっている人はたくさんいるわ」クンも同調する。

「そんな、殺すなんて聞いていないわ。おにいちゃん、どうなっているの?お金もらったらプンを返すって言っていたじゃない。そうじゃあなかったら私は降りるわね」

(シーアとクンにどんどん悪い方に引っ張られている・・・・・・)

プーは心配そうにカーオを見ると、 「金をもらったら、プンは返すよ。心配しなくていいよ」カーオはプーを見てやさしく言った。

「ところで車の手配は大丈夫か?レンタカーにはこりごりだ」

「心配するな、もう手配したよ」シーアはぶっきらぼうに答えた。

カーオらは、誘拐作戦の詳細についての役割分担、行動計画など綿密な打ち合わせを始めた。

ニンには、やられた。モータサイを使うとは、敵ながらあっぱれだった。今回の計画の実行にあたってもニンが一番の強敵になるだろう。

カーオはニンの顔を浮かべて思った。

「プー、木村をニンから離せ、何をしてもいい」

「わかっているわ」プーはそう言ったが心の中では、 (木村さんは、お兄ちゃんが言うような悪い人じゃあない、一緒にいればわかる。

むしろ、プンやマイを助ける心のやさしい人だ。変わったのはお兄ちゃんだ。何とか止めなければ、どうしよう・・・・・・)  



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ