外交官 第20話 たぐい稀な世界の文化大国

2015/09/02

【小川 郷太郎】
全日本柔道連盟 特別顧問
東大柔道部OB
丸の内柔道倶楽部
外交官

第20話 たぐい稀な世界の文化大国

「日本は凄いな」と私が感じることの中でも、とくに文化の力に誇りを感じる。文化とは国民の間で長い期間に自然と形成されたものであって、どの国にもそういうものがある。じっくりそれを味わうと、どれも興味深くて愛着を感じる文化であることを発見する。
しかし、世界から関心を持たれ、注目され、かつ、好かれる文化をもち、世界にも少なからず影響を与えてきた国はそう多くはない。

日本は、興味を持たれる文化のジャンル数では世界でも一番ではないかとさえ思う。いくつかの例を見てみよう。

世界に冠たる古典芸能・文化
歌舞伎や能、文楽などはもうずっと昔から海外で広く知られ、世界で多くの公演が行われてきたので、もう話す必要がないくらいだ。

歌舞伎衣装の色彩の美しさ、動作や「形」の優美さ、舞台装置の独自性はもとより、日本の封建時代と言う他国では馴染みのない社会の中における人間の心情の葛藤なども世界の人々に通じて胸を打つ。文楽の人形の人間的な表情や仕草も世界の人々を魅了する。私の若い頃は退屈で眠くなったような能の動作に幽玄美を感じる人たちが、世界の中では少なくないのである。

絵画を中心とした「ジャポニスム」、工芸の精緻さ
19世紀の後半のフランスを中心としてヨーロッパで「ジャポニスム」の運動がおこった。
その源泉は浮世絵の構図や色彩が欧米人の眼には大変斬新であったからで、フランス印象派の絵画にも大きな影響を及ぼし、現存の有名な絵画にその影響が見て取れる。2,3年前にパリに行ったときも、ジャポニスムを回顧する大きな展覧会があり多数の愛好家で溢れていた。

日本の伝統工芸品の精緻さも素晴らしい。外務省での現役時代に、日本政府が招いたフランスの有力閣僚を京都に案内し金工の作業場を見学した際、その閣僚はずっと足を止めて見入り、金工師の根気強さと作品の精緻さに感銘を受けて上気した顔で、「ああ、これが今日の日本の発展の背景にある資質ではないか」と述べたことがある。

禅、俳句や和歌、茶の湯、生け花と盆栽、書道など
「禅」については世界の人々から関心がもたれ、外国人による多数の研究や著作がある。多くの人がそれを読んで、禅を学ぼうとしている。
日本ではあまり気が付いていないようだが、俳句に対する人気も根強くある。デンマークで会った若い女性ガラス工芸家が俳句に熱心で、ガラス皿のモチーフに「痩せガエル、負けるな一茶・・・」の俳句を添えてデザインをしていた。

茶の湯、生け花なども世界に浸透して、楽しんでいる人々が多い。盆栽をやっている人も意外と多く、これまたデンマークでの経験だが、片田舎の街で自分の家に「日本庭園」を造り、そこに盆栽を置いて丹精に育てている人にも出逢った。
墨の色と白い紙のコントラスト、筆の勢い、墨の濃淡と潤いやかすれの妙味など、書道も欧米には新鮮な刺激を与えることができる。実際、海外で関心を持つ人も少なくない。書道は中国や韓国でも盛んだが、ひらがなの流麗さは日本独自のものである。



世界で大人気:
懐石料理、すし、和食、日本酒、ラーメンまでも

日本の料理はいまや世界中で大人気である。
食材を生かし、少量の料理を視覚的に優雅に盛り付け、美しい食器などに配置して差し出す日本の懐石料理のスタイルは、「料理大国」を誇るフランスの料理人に新鮮なインスピレーションを与え、フランス料理の新しいジャンルである「ヌーベル・キュイジーヌ」を生んだことも知られている。

寿司は文字通り世界中で大人気だ。日本人の舌には「これが寿司かい」と首をかしげる代物も少なくないが、とにかく人気絶頂である。
パリのオペラ座通りの裏通りには、ラーメン屋が軒を並べている地区がある。 「和食」が2年前、ユネスコの無形文化遺産に登録されたのは記憶に新しいが、その理由は、新鮮な食材とその味わい、健康的な栄養バランス、自然の美しさや季節の表現、正月などの年中行事との密接なかかわりなどが評価されたからだ。

これらの要素は他国にはない日本の特色で、世界の人々に新鮮な食べる喜びを与えている。ユネスコに登録されたこともあって、和食の味付けに役割を果たす「ダシ」の創り方に関心がもたれ、最近は「ダシ」という日本語が通じるほどになったそうである。
私も大使時代に、和食を期待する任国の要人が多かったので、公邸では通常は和食を供し、ついでに日本酒を一緒に出して大いに宣伝したところ、喜んでもらった。

漫画・アニメ、Jポップ、カラオケもコスプレも!
世界の若者も日本の文化に強い関心を持つ。
マンガやアニメは世界のどこにもあるので、なぜ日本のものが人気があるのか、海外の若者に聞いたことがある。答えは、「何かハラハラする物語性がある」「登場人物の感情もわかりやすい」「『ダダダダーッ』とか『シェーッ』というような擬音が面白い」などというものだった。
アニメなどが人気となって、近年はコスプレも急速に海外の若者の心を捕えているようだ(年寄の私にはなかなか理解できないが)。

パリでは昨年第15回目の「フランス・ジャパン・エキスポ」がパリ郊外の見本市会場で5日間にわたり開かれたが、フランスやヨーロッパからコスプレを身につけた若者で溢れかえったそうである。

私は、世界の高校生の交換留学推進の仕事をしているが、日本は海外の生徒には人気国でもある。日本の若者文化に関心を持つ生徒が多いことが人気の背景にある。
カラオケも世界に広まって久しい。隣の国の中国や韓国では大人も若者もカラオケを楽しんでいる。盛んになりすぎて、もう日本のものだとの意識もなく、彼らの日常生活の一部にもなっている面がある。

柔道だけではない、相撲も
柔道は世界の隅々まで浸透している。
世界の200の国や地域が国際柔道連盟に加盟している。
柔道を学ぶことによって、勇気や忍耐力、礼儀などが身に着くという教育的効果も普及の背景にある。アフリカの貧しい国や中東にも、あるいは北欧の片田舎まで、真剣に柔道を学ぶ人たちに出会う。柔道を学ぶことによって日本に関心を持ち、日本の良さも知ることになる人たちが世界中に大勢いるわけだ。

私は、柔道は世界の無形文化財だと主張している。 相撲も世界でだんだん知名度が高まっている。多くの外国人の力士の活躍も手伝っているのだろう。

文化の価値に政府が認識を強めるべきである
思いつくままに日本文化の海外への影響や人気度を述べてみた。これだけたくさんのジャンルで人々の興味を惹きつける文化を持つ国は、世界広しといえども、日本以外にはほとんど見当たらない。
それぞれの文化の質や内容が良いからだろうということについて、「文化大国」を自認するフランス人が最も日本の文化を理解し評価してくれることからも、自信を持ってよいと思う。

日本は、もっと文化を活用して世界の国々との関係改善や相互理解の増進に役立てることができる。
そのため政府は予算をもっと使うべきだと考えるが、政府の文化交流関係予算は主要国のそれに比べると著しく低い。防衛費のごく一部を文化交流に回すことによって大きな効果を発揮することができるが、政府がこのことについてもっと認識を深める必要がある。

筆者近影

【小川 郷太郎】
現在





▲ページ上部へ

前号へ | 次号へ
外交官バックナンバー一覧へ
メルマガ購読はコチラ