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外交官 第9話 フランス人の「生きざま」 (2/2)

【小川 郷太郎】
東大柔道部OB
丸の内柔道倶楽部
外交官

第9話 フランス人の「生きざま」 (2/2)

パリ勤務時代、近所で親しくしていた弁護士の友人がいた。
共に子供たちが同じ学校に通っている関係で親しくなり、お互いに食事に招いたり招かれたりして家族同士で付き合った。この家は毎年スペインとの国境に近い街にある古い大きな館を1か月借り切ってバカンスを過ごしていた。「海辺のとても綺麗なところだから一緒にバカンスに行こう」と何度も誘われていた。

2年目の夏、私も経験をしてみようと決心した。当時私は、経済開発協力機構(OECD)日本政府代表部に勤務していた。国際機関であるOECDは幸い夏休みで、委員会も大部分が閉会する。

上司にお願いしてやっと認められたのは、「2週間の休みを許可する、但し、急に日本から国会議員など重要な来客がある場合にはバカンスは変更してもらう」との条件付きだった。家を借りる予約をしていて行けなくなれば、違約金を払わなければならない。弁護士のジャン・マリは公務優先の日本式やり方を不思議に思いながらも喜んでくれた。

2週間ではあったが、バカンスを経験してみると凄く良い効果があることが分かった。パリから700キロ余り離れたサン・ジャン・ド・リュスという町はフランス南西部の大西洋岸に位置しているが、小ぶりの湾に囲まれているので大西洋の冷たい海の水は静かな湾で温められて心地よい。

借りた家からは道を隔ててすぐ海岸に続く。居間の大きな窓からは、目を射るような碧い海が眺められる。空気は乾燥しているので家の中は冷房なしで涼しい。空は限りなく広く、海は碧い。三方に広がる緑の丘陵には、赤い屋根やオレンジ色の瓦屋根の民家が点在し実に美しい。気持ちがスーッと広くなるような気がしてくる。

Cote BasqueCote Basque(1982年7月)

パリでは毎日、朝から夜遅くまで仕事漬けだが、こういうゆったりとした時間と空間に身を置いてみると、いろいろな思いが浮かんでくる。仕事ばかりで出来なかった自分の雑用を片付けたり、仕事に関しても、バタバタの中では思いつかない新しい発想などが出てきて、「ああ、あれはこうしよう」とアイディアを得ることもある。

ジャン・マリは時たま自分の事務所に電話して同僚に指示する以外は、全く自由に時間を過ごす。本を読んだり、音楽を聴いたり、ときどき我々と一緒にスペイン国境を超えて近くの街を見に行ったり、ゴルフをしたりもする。彼もこうしていると、仕事や生活面で新しいインスピレーションが湧くこともあるという。

両家の子供も加わって、初めてウインド・サーフィンの講習も受けた。海岸に日本のように海の家があるわけではない。着替えは近くにあった小屋や船の陰を拝借して整える。お金はあまりかからない。車で来ているので交通費はガソリン代だけだ。街の店で食材を買って家で料理をすることが多いので、パリより安いくらいだ。2週間分の家賃もさほど高くはない。

長いバカンスをとるフランス人が、とくに自分勝手であるわけでもなさそうだ。店を1か月閉じると客は多少の不便があるかも知れないが、社会の習慣として観念すれば問題はない。人を押しのけたりするわけでは必ずしもない。相手も自分のしたいことがあることを認識して、それを尊重する。人それぞれ自由に振舞うべきだとの暗黙の了解があるように思える。だから頼まれない限り、あまり他人がしていることに干渉はしない。他人に迷惑をかけない範囲で自分のしたいことをする。

Cote Basque pres de SocoaCote Basque pres de Socoa (1982年7月)

バカンスでは普段できないことを楽しみ、新しいインスピレーションを得たり、家族と密着できる。自分がしたいことを、それなりに実行できる社会の仕組みができている。義理で自分の希望を抑える日本人のことを考えると、もっと自分に正直に生きるフランス人の生き方が羨ましいと思うこともある。 友人との関係も大切にするし、親切で、思いやりもある。

パリの2回目の勤務を終えたのが1984年なので、もう30年ぐらいの交流が続いている友人はたくさんいる。あちらに行けば、「どうぞ泊まって」と言ってくれるし、彼らが日本に来ると一緒に食事をしたり旅行をしたりする。自分の意志や感想を自由に話すので、刺激を受けることも多い。


筆者近影

【小川 郷太郎】
現在





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