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外交官 第11話 旧ソ連という国の奇々怪々(その2)

【小川 郷太郎】
東大柔道部OB
丸の内柔道倶楽部
外交官

第11話 旧ソ連という国の奇々怪々(その2)

旧ソ連の経済社会の体制が信じられないほど非効率で非合理的なものであった一方で、政治的側面を見ると、人間不信の体制であると強く感じた。

最近のニュースでも、アメリカが我が国を含む多くの友好国の在米大使館や代表部の通信などを盗聴をしていたことが明るみに出た。日本では一般的には驚きをもって受け止められたが、各国の諜報活動は公知の事実でもある。
それはともかく、旧ソ連という国家は徹底して人々を監視し統治しており、監視によって集めた情報を特定の政治目的に利用することもしばしば見られた。その背景には、基本的に人間不信の姿勢があるように感じられる。

例えば、盗聴や監視である。特に外国人、なかでも外交官はいつも見張られ、聴かれていた。エピソードを2、3紹介しよう。
ソ連ではいろいろなものがよく故障するが、ある日、日本の大使公邸の風呂場の水漏れが酷いので、大使が再三修理依頼を繰り返していた。長い期間が経過したのにいくら頼んでも来ない。腹を立てて、日本から来た要人との会話のなかでいかにソ連の管理態勢が悪いかを詳しく説明したら、翌日すぐ修理工がやってきたそうである。
大使いわく、「当局に言いたいことは壁のマイクに言ったらいい」と。

盗聴マイクについては、こんな話もある。かつて、米政府が在モスクワの大使館を建て直す際に随分気を付けて工事をしたが、終わって調べてみるとやはり壁に多数のマイクが埋められていたという。
外交官は、どこにもマイクがあって盗聴されていることを前提にして行動しなければならない。

私自身の体験もある。ある朝、仕事の上でのカウンターパートの一人であるソ連経済貿易省の部長から電話があった。「至急お話したいことがあるので午前中に来ていただけませんか」という。
私はそのとき西ドイツ(当時はドイツは東西に分かれていた)大使館の公使との会談の約束で出かける寸前だった。
「すみません、これから至急の用事がありますので、あとで電話します」と答えると、先方は「いや、急ぎますのですぐ来ていただけませんか」と言った。私は、急ぐので後で連絡しますと言って電話を切って大使館を出発した。
ところが、西ドイツ公使との話を終えて出てくると、何と出口の前の道路脇に先ほど電話をしてきた部長がいるのではないか。「アッ、小川さん、ここに来ていらしたのですか。これは運がいい。」などと、とぼけたような口ぶりで話しかけてきた。部長はそこで「至急の話」を持ち出して用は済ませたのだが、私の居所はちゃんと盗聴や監視で知られていたことがよく分かった。

この種の活動はもちろん隠密裏にやっているのではあるが、ときどき馬脚を現すこともある。検閲の話だが、私の娘が「小学5年生」という雑誌を日本から取り寄せて購読していた。
郵便事情が悪いので遅配は珍しくないが、ある日この雑誌の付録が破損して届いた。ビニール袋で包まれていたが、表面にロシア語で「郵送途中に破損した」との小さな紙があった。

中を開けてみると、破れた段ボールの付録の中から何とイギリス大使館の個人宛ての手紙が紛れ込んでいた。外国人の手紙を検閲している中で、誤って娘の雑誌の付録の中に紛れ込んだのだろう。人手を尽くしてよくこんなところまで検閲するものだと感心したことを覚えているが、それにしてもお粗末で笑ってしまうほどの失策でもある。
キシネフのインツーリスト・ホテルから見た街(1990年2月9日〜12日)
キシネフのインツーリスト・ホテルから見た街(1990年2月9日〜12日)



ソ連当局は外国人だけでなく、必要に応じ自国民の行動も見張っていた。だから、我々外国人がソ連人とお付き合いする場合には相手に迷惑がかかる可能性がある。
旧ソ連の国家体制はこのように窮屈なものだったが、国のイメージに相違してソ連国民は全体として人間的には好感のもてる人が多かった。

第一に、心が温かい人が多い。9月にはもう空気が冷たくなってきて帽子を被る人が多くなる。私が子供に帽子も被せず(もちろん私も帽子は被らずに)道を歩いていると、「寒くなってきたからお子さんには帽子を被せてあげた方がいいですよ」と見知らぬ人が忠告してくれた。ウォッカ好きが多いこともあるが、一緒に酒を飲みかわすとどんどん親しくなって盛り上がる。見張られている外国人の身としては油断は禁物だが、情熱的で人間的な魅力のある人は多い。

第2に、国民全体の教育レベルは高く、インテリ層の知識の広さにも印象付けられた。論文や研究内容も緻密なものが多い。スポーツや芸術分野では国家が超エリートたちを養成しているので、「エリート」たちのレベルは凄く高い。だから、物不足のひどい経済状況や非人間的な統治方式に対するインテリたちの怒りは実に激しいものを感じた。

もうひとつ、ソ連人の人間性について感じたことがある。
旧ソ連時代の人々は(共産党幹部などを除いて)清貧でも精神性が高かった人たちも少なくないように思えた。もっとも、経済体制のあまりの貧困さが人々をして物欲を求める余地をなくせしめるという面もあったのだろう。
しかし、ペレストロイカが進んでお金が動く余地が出てくると、かつては清廉だった「高潔の士」も密かにお金を求めるようになるなど倫理性が徐々に崩れてくる人の例も散見されるようになった。
金や物は人を堕落させる。

最近はずっとロシアに行っていない。自由度と表面的な物質の豊かさが増してきた今日のロシアは、いまはどのような状態なのだろうか。 ともあれ、一般的に情熱的で知的レベルの高い国民の、当時の政治・経済・社会の体制に対する怒りの度合いは激しいものだった。
自国に戻れば自由と物質的豊かさを享受できる私のような者からみると、物がなく不自由な生活を強いられ、KGBが見張っているような社会に住む人々をとても気の毒に思えた。

そんな経験をすると、日本では感じたことのない民主主義という制度の意味が分かってくる。欧米が常に声高に叫ぶ「民主主義」の大事さが実感出来るような気もする。悪い政治制度のもとでの国民は悲惨である。

ソ連の勤務が終わると韓国に転勤した。

次回は、韓国のことを話したい。


筆者近影

【小川 郷太郎】
現在





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