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外交官 執筆を終わるに当たって

【小川 郷太郎】
全日本柔道連盟 特別顧問
東大柔道部OB
丸の内柔道倶楽部
外交官
2017年7月12日

執筆を終わるに当たって

2013年に書き始めたこのメルマガをようやく閉じることになった。
読者の皆様には長い間にわたり私の駄文にお付き合いいただき、
心から御礼を申し上げます。

外交官生活を振り返って思い出すことや感じたことを書いてみたが、冗長だったり、そんなことわかっているよと思われた個所もあったかもしれない。説教調に「外国をもっと見よう」という趣旨をくどくど書き過ぎたかも知れない。その点はどうかご容赦をお願いしたい。
それには、次のような背景があることを理解していただければと思う。

外交官の仕事は面白く、お陰で楽しい有意義な人生を送ることができたと感じている。それは、海外に行って目が啓けた、視野が広がったと思うからだ。海外に行ったことによって、これまで気が付かなかった日本の良いところ、悪いところにも気付いたりした。日本にずっといて同じ思考形態、生活パターンで生きていたら気が付かないことが多かっただろう。海外を見たり知ることの重要性を読者の皆様にお伝えしたいという気持ちが強かったからである。

北朝鮮は論外だとしても、最近の中国や韓国を見ていると、政府や国民が自国の独善性に気付かないかのように振舞っている。国民が国際感覚を持っていれば、政府の独善を正すことも可能になるが、政府が独裁的な政権ではそれも許されない。国の制度が民主的であり、制度や精神が開放的で多様性を受けいることは重要なことである。

日本はかつて国全体が独善的な方向に引っ張られてしまい、客観的国際情勢が見えなくなったかのように道を誤ってしまった。アメリカは民主制度は確立しているものの、トランプ政権のもとで客観的な国際情勢とかけ離れた独善性に陥りかけているように見える。国民の賢明な国際情勢把握と国際協調精神が不可欠である。

我が国も広い国際的視野に立つと同時に、日本が軍縮や核不拡散、開発援助や文化・技術などで果たしている世界への大きな貢献に誇りをもって、一層の国際協調の道を歩むことを国の目標にすべきで、そのためにも国民の海外への関わりの重要性を強調してもしすぎることはないと考えるものである。

花 (Elantis,  Snowdrops)(2005.2.26.)
花 (Elantis, Snowdrops)(2005.2.26.)



筆者近影

【小川 郷太郎】



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外交官 第30話(最終回) 国際人を育てる

【小川 郷太郎】
全日本柔道連盟 特別顧問
東大柔道部OB
丸の内柔道倶楽部
外交官
2017年7月5日

第30話(最終回) 国際人を育てる  

これまで、自分の体験をもとにいろいろお話してきたが、私が言いたかったことはおよそ次のようなことである。

①世界の国々はそれぞれ歴史や文化が違う。
しかし、「違い」はとても面白いし刺激となって、そこから学ぶことが多い。

②歴史体験や考え方が違っても、結局付き合っていけばどこの国でも人間の心は同じであるので理解し合えるし、相手の立場に立って考えることが重要である。

③近年グローバリゼーションの進展によって世界各国間の相互依存関係はますます深くなり、これからは日常生活においても仕事においても外国人と接する機会が普通のことになりつつある。

④日本は世界から尊敬されている大国であるが、
近年内向き傾向になり国力も衰退している。

⑤日本を取り巻く安全保障環境が緊張をはらむ状況になってきている。とくに近隣国との関係をどう改善していくかが緊急の課題である。

そこで、「私が総理大臣になったら」というこの章の最後の政策として、これからの社会を背負っていく若い人を中心に国際人を育成することを提言したい。
「国際人」とは、英語など外国語を身につけることも必要だが、たとえ言葉が話せなくても世界の情勢、各国の歴史や国民性などに関心をもって大まかにでも把握して、日本の置かれた状況やなすべきことについて正しい感覚や判断力を持てる人、さらには外国人との接触や交流に躊躇や違和感を感じない人のことである。

もちろん、国民全員が国際人になることはできないし、必要でもないだろう。総理大臣が指導力を発揮して国民に呼びかけ、政策を実施することが必要だが、国民は総理や政党に任せるのでなく、みずから「国際人」になる必要性を理解し、そういう意識をもって対処していくことが望まれる。
ここで、私が考える国際人育成支援のためのいくつかの施策を例示してみたい。


1.学校教育の革新
(1)まず、英語教育の改革である。その中心は「耳から入る英語教育」で、幼稚園、小学校低学年の生徒を対象に毎日30分程度、英語のアニメなどのビデオを反復して見せること。
幼児はじっと見ていて何ヶ月かすると映像の動きで自然に音や意味が解ってきて、それが進むと綺麗な発音で話すこともできるようになる。デンマークの子供や若者の英語能力はそういう経験に育まれたようだし、自分の息子もモスクワで毎日テレビで現地のロシア語のアニメを見ていたが、ある日突然ロシア語を喋ってまわりを驚かせたことがある。

日本の中学、高校、大学のレベルでは文法教育に時間をかけすぎていることが弊害をもたらしている。英語の文章を日本語で分析して、これが主語でこれが目的語だとか、この関係代名詞はどこにかかるかなどと考えているので、英語を聞き取ったり話す能力が進歩しないのである。英語の文章を頭の中で日本語で論理的に考えるのではなく、そのまま丸ごと覚えることが大事である。

私は、いつもまとまった文章のかたまりを何十回と反復して音読する練習をした。ほとんど暗記できるくらいまでに繰り返し音読すると正しい文章が自然に口を突いて出てくるようになる。「括弧の中に正しい前置詞を入れよ」などの試験問題が出ても、頭で考えることなく正しい前置詞が口調で自然と出てくるようになる。

(2)中学、高校、大学レベルでは、発信力、自己主張の能力を養うための新しいカリキュラムを作成する。アジアを含む海外では発信力や自己主張能力の高い若者が多い。外国人の自己主張の前で黙っていることは負けである。それを避けるためにも気持ちの持ち方も含め学校教育の中で発信や議論の仕方を教えることにしたい。

(3)外国人と議論をしたり主張するには議論するテーマについて知識がなければ不可能である。だから、外国人と話題になる可能性の高い問題についての教育が大事である。韓国や中国との「歴史認識」摩擦では、歴史的事実について日本人の知識が乏しいところが問題になっている。
だから、中学、高校では中国や韓国と日本との近現代史や日米戦争のこと、現代の国際関係情勢などを必修科目にすべきで、入試でもこれらについて問題を出すことが必要だ。

もう一つ重要なものは、日本についての知識だ。外国人は日本の文化に関心が高い。仏教や神道、歌舞伎や能、禅、茶道のことなどについてよく聞かれる。基本的なことを学んでおくことが欠かせない。知識を持っていて説明をすれば、相手の信頼感や親密感が大いに増す。
限られた教育課程ですべてを教えることは不可能であるので、結局は他の教科との関連で取捨選択して新たなカリキュラムを作成するべきだ。国際化時代を考慮して選択科目を増やして再編成すればよい。


2.異文化学習支援:外国人と接する機会を増やす
(1)「百聞は一見にしかず」で、外国のことを理解するためには直接海外の人々と接することが不可欠で、かつ、それが最も効果的である。だから、政府としてそのような機会を提供したり、民間の努力を支援したらよい。どんなことが現実的にできるか。いくつか挙げてみよう。

・例えば、高校1年次に各校が海外修学旅行を行う。アジア諸国は費用の面から便利だけでなく、日本にとっての重要性からも格好の行先だ。中国や韓国に行ってみると、報道などを通じて考えていた相手の国の状況と随分違うことがわかるだろう。

行ったら現地の高校生たちと話し合ったり、日本と違う文化や経済状況を知るための日程を入れる。相手の学校と交流することも面白い。これを実施するには先生方の意識改革が求められるだろうし、適当な学校を探すのに現地の日本大使館が側面支援することも大事だ。

・毎年日本に海外から何百人もの高校生が来日する。その多くが1年ほど日本の高校に通う。日本の高校が積極的に外国の生徒を受け入れ、日本の家庭が海外の生徒を家族の一員として受け容れるホストファミリーになることがよい。案じるよりやってみると面白い。

外国人と身近に生活することで、思いがけない多くのことを学ぶ。問題も生じうるがそれを解決すること自体が異文化学習として貴重な体験になる。外国人の生徒が家庭に入ると、親だけでなく子供たちにも海外への関心や異文化理解の点で様々な刺激を与える。政府や自治体・教育委員会がホストファミリーを大いに応援するべきである。

・第1次安倍政権の2007年、総理が「21世紀東アジア青少年大交流計画(JENESYS)」を提唱した。これに基づき、2012年までの5年間に毎年6000人の東アジア地域(アセアン、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランド)の若者を日本に招聘した。

短期の日本滞在が主であったが、日本の家庭でのホームステイや学校訪問も日程に組まれた。私もその一部の交流に関わったが、東アジアの若者の親日感増進だけでなく、日本の若者の海外への関心や親近感醸成に非常に大きな効果があった。このような事業は継続的に行われてこそ効果が出るものである。この種の計画を、日本人青少年の海外派遣も含めて毎年実施すべきである。

(2)さらに効果が高いのは高校留学である。同じ留学でも高校時代の留学と大学留学とでは、大いに意味が違う。大学留学では学問や研究が主目的になるが、高校留学では外国の学校に通ったり外国人の家庭にお世話になって生活する。感受性が強く異文化吸収能力の高い高校生の成長過程では人間形成に絶大な好影響を及ぼす。非常に多くの高校留学経験者が異口同音に、留学がその後の自分の人生に決定的影響を与えたと言う。

留学をする場合、国内に高校留学を推進するしっかりした組織がいくつかあるのでこれらの組織を活用できる。日本の大学受験のために高校留学を断念する人も少なくないが、教員も親も生徒自身も国際化時代の生き方を念頭に若者の人生の進路を考えるべきだ。

(3)海外から来日する若者と日本の若者との交流会などを観ていると、海外の若者が展開する活発な話題提供や意見表明に日本の若者が付いて行けない事例を目にすることが少なくない。

今の日本の学生たちは大学入試のために高校時代に大変な時間と労力を費やす。やっと大学に入りしばし自由を謳歌できたとしても大学生活の後半は今度は就活にエネルギーを注ぐことになる。諸外国の実情や変化する世界の実態に関心を持ったり、それらに触れる機会が少なく、視野や思考が内向きになる傾向がある。若いうちに海外を体験することは視野を拡げ人間形成に役立つ。

若者自らが意志をもってその機会を作ることが大事だが、実際にそこまで行けない人が多い現実があるので若者の海外体験支援が必要で、官民それぞれの立場からそれを応援することが望ましい。

韓国の一流企業のいくつかは新入社員を早期に海外勤務に出すそうだ。海外での事業展開や外国企業との連携が増える時代であるので、日本企業も若手社員にどんどん海外体験をさせるべきだ。
国の途上国援助機関である国際協力機構(JICA)や海外で活動する日本のNGOで日本の若者をインターン体験させることも効果がある。JICAではすでに実践しているようだ。政府もそれを奨励したり支援することが望ましい。


3.政府の役割
安倍政権になって、「働き方改革」のように総理が積極的に音頭をとって生き方を変えようとしていることは大いに評価される。

私が総理だったら、国際人育成を目指した官民の意識改革にも先頭に立って旗を振ると同時に政府が必要な予算措置をとるよう指示する。人的交流の抜本的拡充のために、第29話で提示した「国際協力費」の予算を創設する。人的交流の対象に青少年だけでなく、教員や報道陣も加える。

これまでも述べたように、こうした政策に必要な予算額は必ずしも大きなものではない。前述の「21世紀東アジア青少年大交流計画」の予算は5年間で350億円だそうだ。

社会保障費、防衛費、公共事業費など数兆円から40兆円ぐらいの国家予算費目の間で調整して、例えば毎年500億円程度の国際交流予算を捻り出すのはさほど困難ではない。国策としての重要性を考えて費用対効果の観点から是非実現したい。

花 (木瓜、ムスカリ)(2005.5.1.) 
花 (木瓜、ムスカリ)(2005.5.1.) 



筆者近影

【小川 郷太郎】
現在





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外交官 第29話 日本の安全保障をどう確保するか (その3)幅広い安全保障の網を編む

【小川 郷太郎】
全日本柔道連盟 特別顧問
東大柔道部OB
丸の内柔道倶楽部
外交官
2017年5月17日

第29話:日本の安全保障をどう確保するか  

(その3)幅広い安全保障の網を編む
安倍政権のもとで「積極的平和主義」が唱えられ、一連の新しい政策がとられてきている。外務省が作成した資料に掲載された積極的平和主義の具体的内容を示す項目は概ね納得できるが、実際とられた措置は集団的自衛権行使容認、防衛装備移転三原則、平和安全法制の整備など、どちらかというと軍事的側面における安全保障の体制整備に重点が置かれているようにみえる。それはそれで必要だとしても、より幅広い安全保障の網を編むことにもっと力を入れる必要がある。

ここで、私が総理大臣だったら、「幅広い安全保障政策の展開」を唱えて、アジアを中心に次のような方向に政策を展開したい。それは、上に述べた外交の力を今まで以上に積極的かつ多角的に展開し、ソフト面や経済面での安全保障の網の目を広く構築することに注力する。その目指すべき具体的方向は次のようなものである。

(1)中国の国際経済戦略とアジア経済のダイナミズムとの融合:
壮大な戦略と経済力を駆使して展開する中国に影響力を行使するのは容易ではないが、例えば、我が国も中国主導のAIIB(アジアインフラ投資銀行)に加盟したり、ADB(アジア開発銀行)とも連携しつつ、「一帯一路政策」にも適切な形でかかわることも検討に値する。

(2)アジア経済圏拡大支援:
2015年12月31日に「アセアン経済共同体」が発足した。この共同体はアセアン地域の経済を統合するものであるが、まだ制度として残された課題もある。さらには、地域経済の一層の統合に向けたRCEP(東アジア地域包括的経済連携)や FTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)の交渉も行われている。 我が国が一層のイニシアチブを発揮して地域の経済統合に向けた制度造り支援に注力することが、我が国と地域の安全保障に資することになる。

(3)アジアにおける人的大交流計画の展開:
ちょうど10年前の安倍第一次政権で、安倍首相は「21世紀東アジア青少年大交流計画(JENESYSプログラム)」を発表し、実施した。これは5年間にわたり、東アジアやインド、オセアニア諸国の青少年を毎年6000人招聘して日本の青少年と交流する計画である。当時、私もその一部の委託事業に参画したが、その大きな効果を目の当たりにした。
このような規模の大きい人的交流を長期にわたって継続することが極めて重要である。青少年だけでなくジャーナリストや教員も含めれば波及力は大きい。留学などで外国を知り、その国に親近感を持った者の気持ちはずっと続き、相互理解や友好関係の増進に大きな力となる。これも安全保障にとって大きな力だ。


「国際協力費」の創設
幅広い安全保障の網を広げるとの観点から、さらに新しい予算費目「国際協力費(仮称)」創設を提唱したい。これは従来の政府開発援助(ODA)を止揚する概念で、世界に誇る日本の「ソフトパワー」を通じて、対外依存度の高い我が国が世界の平和に貢献し、世界との安定的関係を一層強めるための予算である。「積極的平和主義」の重要な要素とし、当面GDPの0.5%程度の予算を充てるべきである。

私は外交官としての経験から、日本や日本人が世界の殆どの国々から好感と敬意をもたれていることを常に感じ、誇りに思ってきた。尊敬される背景には、ODA、平和外交、文化の力、科学技術力、そして日本人の人間的資質がある。
援助については、特別の政治的意図を持たず相手国のニーズを考えながら対話を通じて行う日本的アプローチが感謝され高く評価されている。また、日本が平和憲法のもとで国連を中心に核廃絶をはじめ軍縮や不拡散などの分野で様々な活動を主導してきたことは世界から広く認知されている。イラクに自衛隊を派遣しても民生支援に徹し、一発の銃弾も発せずに帰国したことが称賛された。
安保理常任理事国がすべて核保有国で占められる中で、平和外交を推進する日本がさらに影響力を行使することが必要である。

文化については、能、歌舞伎、生け花、浮世絵等の伝統芸術の優れた独創性、緻密で洗練度の高い工芸品、世界無形文化遺産になった和食などの食文化、世界中に浸透している柔道、世界の若者を引き付けるポップ音楽や漫画、コスプレ等々。これだけ多岐にわたるジャンルで注目され愛される文化を有している国は世界でも他に類を見ない。

さらに、我が国の持つハイテクや環境技術、先端医療技術等を通じて世界に貢献することができる。日本人の資質についても、6年前の大震災における日本人の冷静で秩序ある行動や忍耐力は世界中から驚きをもって称賛された。どれも米国や中国などの大国も真似のできない日本独特のソフトパワーであり、偉大な資産である。

「国際協力費」はこの資産を活用するための予算で、主な使途は①従来のODAに加え、②平和外交推進(例えば、広島等での平和・軍縮に関する国際会議、啓蒙活動、核廃絶運動支援)、③様々な文化や人物の交流(中国や韓国を中心に有識者、メディア、政治家等の交流の大幅な拡充、留学生増大、教員の異文化体験、スポーツ交流、日本文化紹介事業、日本の発信力強化のための活動等)、④科学技術協力(環境・医療分野など)である。

冷戦終了以降、主要国がODA予算を増やした。民族紛争の頻発や地球温暖化、国際テロなど地球的規模の問題が顕在化したからだ。中国も急速に対外援助を拡大してきた。我が国はこの世界の動きに逆行し、ODA予算は1997年をピークに15年間で半減してしまった。日本の対外影響力は減少し、中国などのそれが高まってきた。国家戦略の大きな誤りである。
GDP の0.5%は防衛費の約半分だ。財政問題を考慮する必要はあるが、高額と考えるべきではない。日本への親近感と信頼感を増進させ、日本の安全を増進する。将来財政赤字が減少すれば、GDP の1%にもするくらいの国家戦略的思考が必要だ。

「国際協力費」構想は、安全保障を確保するための各種政策手段の中で、軍事的側面での対応と非軍事的側面での対応との間のバランスを現在より後者の方に重点をシフトさせるべきとの私の主張に財政的基盤を付与するものである。

筆者近影

【小川 郷太郎】
現在





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外交官 第29話:日本の安全保障をどう確保するか (その2) 不確実性

【小川 郷太郎】
全日本柔道連盟 特別顧問
東大柔道部OB
丸の内柔道倶楽部
外交官
2017年5月3日

第29話:日本の安全保障をどう確保するか  

(その2)不確実性が増大する世界と日本の選択
冷戦終結後の1990年代末以降世界は混とんとしてきたが、最近の10数年間で不確実性は一層高まってきた。世界各地での紛争は収まらないどころか拡大または持続する傾向にあり、テロの拡散、難民の増大などにも繋がり、対応は一層難しくなっている。
さらに悪いことに、最近の4~5年、日本の安全保障が損なわれる危険性がより現実なものになり、また、将来の経済発展への障害も増大してきた。

安全保障の面では、中国の高飛車な姿勢や北朝鮮の異質で奇怪な行動などで脅威や緊張が増してきた。これに対してトランプ大統領の強気の政策が実施されると、日本近隣での軍事衝突も排除できない情勢になって来た。集団的自衛権行使容認に伴う日本の新たな政策のもとで、日本が軍事的衝突の一部に関与する事態も覚悟しなければならない状況になった。

経済面から見ると、英国のEU離脱やトランプ大統領によるTTP(環太平洋パートナーシップ協定)離脱、NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉政策などは、日本にも実質的に多大な不利益をもたらす。
英国やトランプ政権のこれらの政策は誤った政策と考えるが、それらが他国にも大きな影響を与える点で深刻である。とくに、地球温暖化対策として重要な「パリ協定」の合意をトランプ大統領が破棄したことは、世界にとって極めて不幸であり、実に愚かで嘆かわしい政策だ。

しかし、このような状況が現実のものとなり覆すことができないとしたら、日本は今後どのような政策を進めるべきかを考えてみたい。ただ、名案があるわけではない。名案があるなら、すでに多くの国が実施していたであろう。私にできることは、方向性を模索する材料を提示することぐらいであろう。


北朝鮮にどう対応すべきか
深刻で喫緊の問題は北朝鮮だ。北朝鮮が核やミサイル開発推進の姿勢を変えないことに対し、トランプ政権は軍事作戦などの強硬策を含めたあらゆる手段をちらつかせ、実際にも空母「カールビンソン」を朝鮮半島近海に派遣して「本気度」を示している。このような姿勢は、軍事力を重視する北朝鮮にとって脅威を与えるものであり、一定の効果がある。

しかし難しいのは、北朝鮮の軍事力が決して侮れないものであることに起因する。大量の大砲や戦車を38度線近くに配置して直ちに韓国を攻撃できる態勢をしいていることや、近年のミサイル開発によって日本や米国にも届く兵器を保有するに至っていることも留意しなければならない。米軍が圧倒的な軍事力で叩いたとしても、北朝鮮が反撃すれば韓国や日本にも甚大な被害が生じる。
北朝鮮は、世界中が自国を攻撃しようとしている戦争状態の中にあるとの認識なので、アメリカの「本気度」もさることながら、北朝鮮の「本気度」の方がもっと凄いのである。

オバマ政権の「戦略的忍耐」政策はもちろん、それ以前のクリントン政権時代からの北朝鮮との対話や融和的政策も結局成功しなかった。
だから、北に対しては強い姿勢を堅持することは重要だが、強硬姿勢一辺倒では軍事衝突に進みかねない。強い姿勢を堅持して表向き喧嘩をしながら、他の方法も模索するべきだ。すでにいろいろ試みが行われているかもしれない。水面下で、というよりもっと地中の奥深くに穴を掘るぐらいの秘密接触(「モグラ作戦」?)をやって、ギリギリの接点を探る努力が必要だ。

北朝鮮が核やミサイル開発を進めるのは、内心強く恐れているアメリカの軍事力によって自分たちの体制が潰されるのを防ぐための対抗策である。北朝鮮の体制を潰さないことが保証されたと信ずれば、北朝鮮は政策を変える可能性がある。
北朝鮮と日米中韓との間の接点を探る高度の「モグラ作戦」での秘密交渉では、金正恩指導部の生存保証と引換えに核ミサイル政策の放棄を含む体制の転換などが核心となろう。

北朝鮮との関係では、よく中国の役割が大きいと言われる。中国は北朝鮮の生殺与奪の権を握っているからだ。北朝鮮の貿易相手国は、輸出でも輸入でも中国が90%以上を占めている。中国が北朝鮮からの石炭の輸入を完全に止めたり、石油や重油などの戦略物資の提供を完全にやめれば、北朝鮮は体制維持が難しくなる。
しかし、実際には中国はその役割を果たせないでいる。それは、北朝鮮が中国の言うことを聞かなくなっていることと、もうひとつの重要な理由は、北朝鮮の体制が崩壊した場合に生じる大量の難民流入や混乱が中国の政権が最重要視する国内の安定を乱してしまい、中国自身の体制維持に困難が生じるからである。
だから、中国の役割行使に大きな期待はできないが、今まで以上に対北朝鮮石炭輸入や原油等提供の大幅な削減を求めることは重要である。

北朝鮮に対処するに当たっては、米だけでなく韓国との連携も不可欠だ。現状では日本と韓国の関係は良くないのでやりにくいが、むしろ対北朝鮮対策が喫緊の重要課題であることを活用して関係改善を図る努力をすべきである。

今後北朝鮮の情勢がどのように展開するかを予測するのは難しいが、当然さまざまな事態を想定して検討するべきである。北朝鮮の崩壊に伴う混乱は回避すべきであるが、非軍事的な解決が実現する場合に北朝鮮の経済社会の建て直しには国際社会による支援態勢が不可欠である。日本の担うべき役割についても考えておかなければならいない。


日米同盟関係堅持と米国への助言的役割
北朝鮮の軍事的脅威が現実のものになっている状況に、我が国だけの防衛力では対応できないのは明らかである。日本は日米同盟の当事者として行動するしか自国を守れないし、集団的自衛権行使容認もやむを得ないと考えるが、集団的自衛権行使にあたっては日本が攻撃を受けることも覚悟しなければならない。
今後トランプ大統領のもとで米中関係がどのように展開するかは予断を許さない。軍事的衝突が起これば日本は甚大な被害を受ける。そうした事態を極力避け、あるいは被害を最小限にするため、常に我が国の利害を踏まえ日本が持つ情報や分析を米国との間で共有し、必要と思えば軍事力行使をためらわない米国の行動に対する助言も含め、緊密な協議を維持することが不可欠だ。

日米同盟強化は中国との関係からも日本にとって必要である。中国は、資源確保の必要性や大きな戦略構想に基づいて、尖閣諸島や東シナ海・南シナ海での領有権を主張して軍事力を強化している。これらが自国の核心的利益であると一方的に宣言して譲る姿勢が見えない。
中国が軍事戦略としていわゆる「第二列島線」を超えて太平洋で米に対峙しようとしていることを念頭に、日本は常に米との間で政策を綿密に調整していくことが肝要である。

朝鮮半島の事態や中国の行動によって我が国の安全保障上の脅威が増大している現在、我が国は日米同盟に頼らざるを得ない。ただ、この場合でも日本が過度に軍事的に攻撃的側な面に協力するのではなく、適切な役割分担を模索すべきである。

筆者近影

【小川 郷太郎】
現在





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第29話:日本の安全保障をどう確保するか (その1)「安全保障」は広い視野で考えよう:三つの要素

【小川 郷太郎】
全日本柔道連盟 特別顧問
東大柔道部OB
丸の内柔道倶楽部
外交官
2017年4月19日

第29話:日本の安全保障をどう確保するか  

(その1)「安全保障」は広い視野で考えよう:三つの要素
どの国においても自国を守ることは国家としての最重要な事柄だが、どのように守るかは極めて難しい問題である。自国周辺の状況、国内の諸条件、国民の意向など、様々な要素の中で考えていかなければならないからだ。単一の答えはないが、はじめに「安全保障」を考える基本姿勢について触れてみたい。

まず、「安全保障」を考える場合には幅広い視野をもちたい。一般的に安全保障というと軍事力のことが頭に浮かぶ。たしかに、強大な軍事力を備えている国に刃向うのは実際に難しい。「備えあれば憂いなし」で、強力な軍事力は抑止力になる。また、強い軍事力を持つ国が弱小な国を侵略したり併合する例もある。だから、それを防ぐための一定の効果のある軍事力を備えることは大事だ。

しかし、軍事力は必要であるが、多額のお金がかかる。しかもある国の軍事力が強大だと、他国はそれに備えて自分たちも軍備強化に走る。現在の日中関係にもその萌芽があると言ってよい。中国の高飛車な姿勢での軍事力強化に対処するため日本は防衛力整備を余儀なくされ、防衛予算も膨らんでいる。
軍拡競争を続けるのは多くの国にとって財政的に持たない。結局、軍事力を持続的に増大していくことは難しいし、軍事力だけで安全保障上の安心が得られるわけではない。

軍事力という物理的な要素を「ハード面」と呼ぶなら、ソフト面からも安全保障を考えなければならない。美術、音楽など文化芸術が高いレベルに達し世界から評価を受けている国があるとしよう。あるいは、社会保障制度が完備し国民が豊かで安定した生活を送っている国があるとしよう。
そしてこうした国が他国を攻撃する姿勢を見せず平和的外交を進める場合に、他国から攻撃される可能性は少ない。そんなことをしたら世界中から非難されるだろう。だから、世界から敬意を受ける文化や制度を持ち平和な外交を推進することは安全保障にも寄与するといえる。

世界には無知や誤解や偏見が満ち満ちている。とくに、民族が違うことがきっかけとなって、誤解や無知や偏見が拡大し、国家間・民族間の憎悪を生み、紛争を惹起させ、あるいはこれを助長することがある。政治指導者は自分の目的に沿ってそうした偏見を増幅させようとすることが多い。

誤解や無知・偏見をなくすには、人と人が直接出逢って相手の人柄などを確かめ合うことが最も重要だ。文化交流などを通じて相手の国の素晴らしいところを知ると親近感や信頼感が生まれてくる。国民と国民の間にこういう関係が生じれば、国民の側から戦争に反対する機運が出てくる。

早い話、今日の日韓関係にもこうしたことがあてはまる。日韓両国民が、お互いの悪いところを見ていがみ合っているが、直接会って付き合えば、お互いの良いところがたくさんあることを知る。実際、交流に参加した人たちは、皆このことを体感している。直接交流をし、信頼・友好関係を築くことができれば、それが安全保障に寄与するのは明らかだ。

補足的に述べれば、貿易や投資などの経済関係を緊密にすることも安全保障に貢献する。以前にも指摘したように、現在中国や韓国で作っている製品の多くに日本からの精密部品が多量に使われている。相互依存関係が強まると、経済の盛衰についても運命を共にするような関係になる。
経済関係は経済の論理で動くものだが、切っても切れない関係が出来れば、徹底的な対立は双方にとって利益にならないから、争いを緩和する効果もある。

ソフト面での対応を強化して一定の成果が出れば、ハード面(軍事・防衛)での対応を緩和する余地を生み、高額な防衛費の縮減にも役に立つ。予算的にはソフト面での対策はハード面での対応より遥かに少ないもので済む。

安全保障を確保するための三つ目の要素として、外交の力が挙げられるべきだろう。世界には力を信奉する国があるのも事実だ。第二次大戦中、ヒトラーとスターリンが密約を結んで、バルト三国を強引にソ連に併合してしまった歴史が思い出される。最近の例では、ロシアが国際社会の非難にも拘らずクリミヤ半島を力で併合したことが記憶に新しい。

こうしたことを避けるには、充分な情報収集をして相手国の攻勢や威圧を阻止する行動が不可欠であり、また、不測の事態に備えての同盟国や友好国との連携を構築しなければならない。それは、どれも外交力に依存する。だから、外交にも相当の力を入れて強化すべきことが理解されるだろう。

外交には謙虚さと毅然さとしたたかさが必要になる。謙虚さは、とくに対途上国や近隣国との関係において重要であり、毅然さとしたたかさは高姿勢で出てくる相手に対するときに必要になる。
高姿勢といえば中国、ロシア、北朝鮮などが思いつくが、アメリカに対しても、経済や貿易関係で理不尽な要求をする場合には毅然さやしたたかさが必要になる。 外交においては「パワーポリティックス」が現実である。悪知恵やしたたかさも備えなければならない。

オバマ前大統領は平和的な解決を志向した。イラク、シリアをはじめとする中東政策やアジア太平洋の安全保障政策において米軍の撤退や融和政策をとったことなどにより、「力の真空」が生じ、そこに「力の信奉国家」が進出してきて、平和や安全を損なう結果になったことが批判されている。
強く出るか、柔らかく対処するか、外交は実に難しいが、正確な読みと果敢な行動が不可欠で、大きな軍事力を持たない我が国は、とくに外交の力が大事になる。

自国の安全保障を確保するために、軍事力=防衛力、友好協力関係の強化、外交の力の3要素をどう組み合わせて構築するかについて考えることが重要になってくる。

筆者近影

【小川 郷太郎】
現在





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第28話 生き方や考え方を変えてみよう

【小川 郷太郎】
全日本柔道連盟 特別顧問
東大柔道部OB
丸の内柔道倶楽部
外交官

第28話 生き方や考え方を変えてみよう  

首相が国民の生き方や考え方を変えるという発想は、そもそも好ましくない。人それぞれに自分の生き方や考え方があるので、政治指導者は、そうした考えや生き方が社会に迷惑を掛けない限り、それを尊重し、支援するべきである。
しかし、社会全体に何らかの問題があり、それが国民の生き方や考え方にも基因する場合があるのであれば、一般論としてはそれを変えるために政治が指導力を発揮することは許容されるべきであろう。

では、日本にそのような問題があるか?長い間世界を渡り歩き、内外から日本を見詰めてきた経験からすると、日本人の生き方、行動様式には次のような点で多くの国と違うところがあり、それが日本が世界の変化に果敢に付いて行けないことの背景にもなっていると思われる。

(1) とても慎重で、急激な変化や変革が得意ではない
(2) 過保護の傾向があり、自立心が失われつつある
(3) 仲間と一緒にいることで安心感を持ち、自分があまり突出しないように気を使う
(4) 自己主張をしないため、日本人は何を考えているかわからないと言われることがある
(5) 視野が内向きである

何事も複雑なので単純には割り切れないが、細かい理屈は抜きにして、総理大臣になったら、国民を次のような方向に誘導したい。


石橋を叩きながら急いで渡ろう
日本人には、「石橋を叩いて渡らず」という傾向がある。石の橋が堅固であるにもかかわらず、大丈夫か叩いてみるが、万一のことを考えて渡らないことにする類だ。原発の再稼働のような問題については充分慎重であっていいが、日常的なことで慎重になりすぎて何もしないことが多いのは問題だ。

例を挙げると、農業保護の問題がある。かつて牛肉やオレンジの輸入問題で日米間に大きな摩擦が起こった際、日本は、少しでも開放すると日本の農家に壊滅的被害が生じると主張して懸命に防戦をした。コメの輸入問題でも長い間歴代の首相は「一粒のコメも輸入させない」と主張して農家の保護に固執した。いずれも選挙対策からだ。その後強い外圧を受けて、ごく一部に小さな穴をあけて輸入を認めたが、日本の農業が引っくり返るようなことは起こらなかった。
この間、農民や農業組合の主張を受け容れて保護主義を続け国全体が思考停止に陥ってきた結果、日本の農業生産性は他国に比して著しく低下していった。サービス業の分野でも丁寧に人手をかけすぎる日本固有のやり方でやっているので、国際比較でみると、日本の生産性は相当低い。

TTP に関してもいまだに国内に抵抗があるが、安倍首相はようやく舵を切って、日本の農業の強みを生かして競争力の強い農産品を育成して輸出しようとしている。人口減少で縮み行く日本市場から大きな世界の市場へ農業を展開する戦略で、正しい道である。世界が動いているのにそれに対応せず、いつまでも自分の殻に閉じこもっていてはジリ貧になるばかりである。

小泉内閣はずいぶん規制改革に注力したが、十数年経った今日でも依然として医療や介護などいくつもの分野で「岩盤規制」と呼ばれる強固な既得権保護が維持されている。安倍首相も「必ずドリルで岩盤に穴をあける」と言っているがその歩みは遅い。
歴代内閣で「規制改革委員会」なるものが設置され議論を続けてきたが、これまで政治力の強い生産者組織が幅を利かして現状維持を勝ち取ってきた。農業にしろ医療にしろ、生産者と消費者などそれぞれの立場で利害は相反する。一定の時間をかけて審議したらあとは多数決で結論を出して、迅速に改革を進めていきたい。


過保護をあらため自立心を涵養する教育を
団塊世代の頃からだろうか、日本では幼児のときから老人に至るまで実に丁寧に保護されるようになり、そのため自立心が希薄になっている。明治はもちろん、戦中、戦後にかけて子供たちはしっかりした行動がとれていたと思うが、最近は心もとない。過保護の弊害なのかもしれない。

子供でも高齢者でも必要な時には保護の手を差し伸べることは当然必要だが、今日では過度に保護を与えている。スポーツをやる場合でも、「危ないから」と言って通常学ぶべき運動を控えさせる傾向が強い。
「柔道は危険」と言っているから、親も子供もそれに近づかなくなる。柔道は投げられたときや負けた時を想定して、「受け身」の練習から始める。受け身をしっかり身につければ、投げられても痛くない。日常生活で転んでも、また場合によっては車にはねられた時でさえ、受け身を知っていると怪我もしないし、怪我の度合いを軽度にすることができる。柔道は他のスポーツと違って、身体を強くし、精神力を養い、礼節も身につけることができる。「危ないから」が先に来て、柔道の素晴らしい利点を見失ってしまうのは過保護の弊害である。
一般に、最近は子供に苦しいことや危ないことをさせないので、子供たちはますます運動能力を低下させていく傾向にある。風邪をひかないようにといつもマスクをしたりマフラーを首に巻いていると、寒さへの抵抗力はますます低下する。寒風にさらす鍛錬も必要で、過保護は禁物だ。

中学・高校においても、受験指導には重点が置かれる。生徒は、この学校は合格が難しいから、こちらに受験しなさいと指導されたり、滑り止めにこの大学を受けなさいと言われる。親も子供も、先生の助言で学校選択を考える傾向が強い。
ここで問題なのは、先生たちが、世間一般の学校の評価を基準にして助言していることだ。先生方に有名校に対する自校の合格率を高めたいという思惑があることもある。それでは、個々の生徒の特性や将来を見据えた指導ができなくなるであろう。教師も親も生徒も、自分で考えて行動するより世間の評判や他人の意見で進路を考えることになりがちだ。
私の高校時代にアメリカに留学しようとしたとき、先生から大学受験が大事だから留学はやめた方がいいという助言を受けたことがある。結果として、高校時代に留学したことが私の人生に計り知れないプラスの意義があったことを付言したい。

ついでに言えば、マスコミも問題だ。例年3月から4月にかけて週刊誌が競って全国の「有名大学」合格者の出身高校別ランキングを発表する。これとて世間一般の大学評価を前提として受験競争を煽ることになっている。
日本の大学の世界でのランキングは低下傾向にある。海外留学を通じて国際人材を育てることより、国内基準で今までと同じ行動をすることは、思考停止と言ってもいい。マスコミも含めて、日本人に自立心が欠けていると言わざるを得ない。

しばしば勤労者の過労死のニュースが伝えられる。日本は他国よりも長時間労働する者が多く、それも自分の意志で積極的に働くより、自ら欲せずに長時間労働を強いられている例が多い。会社や上司の方針に反逆するくらいの自立心がもっとあった方が良い。

日本の幼稚園や小学校では、子供たちは丁寧に守られながら教育を受ける。危険を避けたり他人との融和を重視するあまり過保護にすると、自立心が育たない。先生の言うとおりに行動する子が良いとされがちだ。もっと自分で考えて意見を表明し、それに従って行動することを助長すべきである。先生は問題があるとき是正するが、出来るだけ本人の自由意思で行動する方向に誘導したらよい。

デンマークやフランスでは子供のときから、自分で考えて意見を述べ行動するように育てられている。デンマークにおいては、幼児時代の教育のお蔭か、高齢者になっても自分の意志で行動する傾向が強い(第14話参照)。「三つ子の魂、百までも」である。日本では高齢者も過保護にして高齢者の自立心が乏しい傾向が目につく。

世界を周ると、若者を含め自分の考えを明確に表明し主張する人たちが多いことを知る。アジアでもその傾向は顕著だ。意見を表明しない日本人を不思議に思うようだ。海外から来る人たちと日本人が交流しても日本側がおとなしくてしているので先方が戸惑うことがある。

スポーツのルール造りでも海外勢はこぞって自己主張し、自国に有利なルール造りを競い合う。日本人は黙っていて、日本に不利なルールが決められてもおとなしくそれに従い、損をしている。

こうした状況から脱したい。学校や家庭で幼児時代からの自立心を涵養する教育を進め、健全な自己主張を勧奨するべきだ。


スローガン:視野を内から外へ、行動を固定から変化へ、保護から自立へ
経済成長期だった1970年代から80年代は、日本人はもっと海外に目を向けて積極的に行動していた。「失われた20年」を経て経済停滞期になって、日本人の視野が狭くなり、内向き傾向が高まってきた。

近隣国を見ると、中国人や 韓国人には率直に言って独善的なところはあるがよく海外情勢を見ている。東南アジア諸国でも海外へ目はよく向けられている。韓国や東南アジア諸国、それにヨーロッパのデンマークなどは、国の市場規模が小さいことや隣国と国境を接していることなどもあって、政治的、経済的に国の発展や生き残りを海外市場開拓や対外関係の改善にかけている。だから、海外をよく見ているのだ。近年の日本の内向き傾向は、日本の国力衰退に拍車をかけている。

もっとも「内向き」は日本だけの現象ではない。超大国アメリカの国民一般は概して内向きである。クリントン候補とトランプ候補の大統領選挙戦でも、市場を開き自由な世界貿易を拡大するTPP については、2人とも国内事情から反対を表明したばかりでなく、世界の将来にとって深刻な地球温暖化問題は議論の焦点にさえならなかった。ブッシュ大統領の時代には、国内経済への規制や拘束を嫌って地球温暖化は存在しないと主張する人々が少なくなかった。世界全体を見る目に乏しいのである。
トランプ大統領になると、保護主義的経済政策がとられる可能性が高い。日本が他国と協力して、アメリカに開放政策を呼びかける必要が出てくる。

こうした状況から脱するために、私は政策スローガンとして、「視野を内から外へ」「行動を固定から変化へ」「過保護から自立へ」を掲げて国民的キャンペーンを展開したい。具体的政策は、もちろんこのスローガンに沿ったものを作っていく。 国民がこうした姿勢を身に付けるために世界を見ることが重要である。
その手段として、例えば、高校生の海外留学を大規模に応援する、企業に若手社員の海外勤務や研修を実施することを勧める。知らない外国でひとりで生活することは自立心の向上に絶大な効果を発揮する。親は干渉しないで黙って見守ることが必要だ。

海外に行かなくても国内でやれることもある。海外からの旅行者や留学生の増大傾向、さらにはオリンピック・パラリンピックもあり、日本人家庭が外国人のホストファミリーとなることを勧め、そのための支援策を講じることとする。自分の家庭に外国人を受入れ一定期間生活を共にすることは、視野を拡げ、異文化を理解し学習するうえで極めて有効である。

国内の学校でも外国人の来訪を積極的に受入れて交流することや、日本の学校の修学旅行の行先に海外を選ぶことなども良い。いずれも海外に目を向けて海外への関心を高めることにも繋がる。

筆者近影

【小川 郷太郎】
現在





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外交官 第27話 人口減少・高齢化社会への妙薬は?

【小川 郷太郎】
全日本柔道連盟 特別顧問
東大柔道部OB
丸の内柔道倶楽部
外交官

第27話 人口減少・高齢化社会への妙薬は?  

いまの日本の社会にとって最大の課題は、人口減少・高齢化にどう有効に対応するかということであろう。世界でも最先端を行く日本の人口減少や高齢化は、日本の国としての活力を相当失わしめつつあるからだ。
安倍内閣は保育・託児所の増設、産休・育休の充実化、子ども手当の拡充などを推進し、さらに働き方改革にも踏み込んでいる。女性が仕事と結婚・育児を両立できるようになれば、生き甲斐も増して人口減少にも歯止めをかけられるばかりでなく、女性の労働市場への参入増加によって人手不足解消や税収増にも寄与する。

安倍政権の対策は方向性としては良いと思うが、私が総理大臣になったらもっと大胆にその方向を進めたい。働き方改革は容易ではなかろうが、現在の安倍政権においてもその兆候が見られるように、総理大臣が繰り返し信念と政策を示せば、社会は少しずつその方向に動いて行くものである。
首相が国民に向かって繰り返し「ラッパを吹く」ことが必要だ。総理大臣として自らテレビや国会、講演などで話すが、有識者も総動員して国民の説得にあたることが重要だ。

具体的政策としては、デンマーク社会などの経験にもヒントを得ながら、例えば、次のようなことを実施したい。


税制改革の推進
世界でも群を抜いて高い日本国の借金比率は、国債や財政・金融政策に対する市場の信任を失わせかねない危機的状況にある。しかし、10%への消費増税は、景気への悪影響を考慮してまた延期された。
私はそれに異を唱えるものではないが、出来るだけ早期に増税を実行する必要がある。10%でも財政赤字解消や追加的な社会保障政策実施には不十分であることは明らかであり、すでに10%超の消費税の必要性も説かれている。

民意が強く反対する増税は実施困難ではあるが、増税と社会福祉・財政赤字改善の中期的な展望を国民に懇切に繰り返し説明することが不可欠だ。国民がそれを理解できるようになれば増税を受入れることができる。

所得の約半分が税金でとられ、消費税(付加価値税)が25%のデンマークでは、社会保障が充実している結果、国民の満足度が極めて高い。
ある自治体で、福祉サービスが低下したときにそれを改善させるために増税せよという声が一部にあったと聞いたことがある。徴税者と納税者の間に信頼感があるからだ。我が国の現状は、政府と国民の間にそうした信頼感が醸成されていない。
その一因に、これまでの政権が議論は延々と続けるが明快な展望を示せずに年月を費やしたことがあると思う。政権が安定している現在のような時期に作業を加速化したい。

消費税増税に伴う税収増の一部を職業訓練の拡充や多様化に充てる。解雇を容易にし、労働者個人の希望や適性に沿った転職・再就職を支援し、労働市場の柔軟性強化に資する。非正規労働者の減少にも役立つことも強調したい。

税制改革として、例えば2世代、3世代が一緒に住める住居建設を大胆に推進してはどうか。小さな子を持つ母親が自身の親に子供を預けて働く例が多い。親が至近距離にいることが重要なので、それを税制面から支援する。

また、都市にある大型マンションなどには、育児所・託児所、保育園、さらには介護施設などの新増設を促進する税制も活用したい。そこには保育士や介護士が必要になるが、後述するように、外国人保育士等の雇用も推進して不足を早急に解決する。2世代、3世代が共同して生活すれば、祖父母による孫の世話、子による親の介護の両面で対応を容易にする。

日本では伝統的な家族観があって非嫡出子への社会的対応は遅れている。日本ではシングルマザーが苦闘しているが、フランスやデンマークなどでは事実婚や離婚後の親の子育ては法律的、社会的に不利にならない。それが出生率向上にも貢献しているのも事実である。それぞれの親の事情もあろうし、生まれた子供に責任があるわけでもない。
離婚や事実婚を促進する結果になることは慎重に回避しながらも、非嫡出子を含めた人道的な子育て支援や多子化を促進する対策を検討すべきである。

まだまだ少子化対策に工夫を凝らす余地はある筈だ。知識人からだけでなく、公募で国民的な知恵を出してもらう。


さらなる生き方、働き方の改革:男子の家事・育児参画
働き方改革は安倍政権の主導によって徐々に民間企業等に浸透し始めている。企業がテレワークなどを通じた在宅勤務を許容したり、育児や介護のための休暇を支援するようにもなりつつある。リクルート社では、男性の育児休暇取得を必須化したと聞く。

女性が結婚し、仕事と子育てを両立させることができる環境をつくるには様々な施策が考えられるが、とりわけ大事なのは男子の家事・育児参画である。子供手当の増額などより遥かに重要である。言うまでもなく、生まれて間もない幼児の世話はとりわけ大変である。母親でなければできないことは多々あるが、母親だけに任せて父親が職場で仕事をしていては母親が十分役割を果たせないだけでなく、離職も余儀なくされかねない。だから、父親は育児だけなく家事への従事も必要になる。
男性も含めた育児休暇などについては法律は出来たものの、日本の男性の取得率や取得期間は、意味をなさないほど低く短い。幼少の子供を複数持つ場合、男子も含め年単位で育児休暇を取ることが必要だ。

これを可能にするには、長期育児休暇制度などを推進する企業等に対する財政支援も必要になろうが、企業・職場の自助努力として、幹部が仕事の仕方をゼロから見直したうえで抜本的な合理化、生産性改善策をとることが有益だ。
いくつかの国における勤務形態は日本よりはるかに合理的で生産性が高い。日本では仕事の様々な局面に過剰な数の人間がかかわりすぎる傾向がある。経団連のような組織が、各国の仕事の仕方に関する調査団を派遣して研究してみてはどうか。

「シニア版ベビーシッター」ともいうべき構想はどうだろうか。働く親の支援のため、市町村や地区の行政が地域に在住する退職者やボランティアを動員・組織化して、幼稚園児や小学校児童を放課後から親の帰宅する時間まで世話をする仕組みを全国的に展開してみたい。
経験豊富なシニア層が、近所の子供たちの勉強を見てやったり、一緒に遊んだり、経験を話すことができれば、シニア層のやりがい、子供たちの学び、働く親たちへの支援、地域社会の絆強化などにとって役に立つことになるはずだ。行政や学校等が積極的に公民館、公園、学校などの場所や道具・機材を提供して応援する。


外国人労働者の大幅導入
我が国では、他国に比べ、外国人に対する暗黙の忌避感や閉鎖性が強いように見える。もう20年ぐらい前だろうか、高齢化社会にともなう介護士や看護師の人手不足に対応するため外国人介護士等の導入が議論されていたころ、こうした問題の複数の担当官庁の幹部と話したことある。私がいくら効用を説いても、彼らは様々な理由を挙げて消極論を展開した。その背景は、勝手に頭の中で想像して「外国人は言葉も文化も違うから分かり合えない」「外国人多数の存在は社会の安定を損ないかねない」などと考えているようだった。
結局条約を結び、フィリピンやインドネシア等から介護人材等を導入することにはなったが、導入数を制限したり、厳しい資格認定試験を設定したりで制限的に運用されている。だから、ますます深刻になる介護人材不足という大きな社会問題解決に目立った進展はないままだ。

私はフィリピンに勤務した際、家で住込みのお手伝いさんたちに随分と世話になった。皆明るく優しくて、お手伝いという仕事に職業意識を持っていた。だから、昼間も夜の外出時も幼い娘二人を安心して任せておけた。娘たちもよくなついた。フィリピンからフランスに転勤した時は、そのうちの一人に一緒に来てもらったが、家事から子供の世話まで一人3役ぐらいの仕事をしっかりしてくれたので非常に助かった。
しっかりした資格を持つフィリピン人看護師も世界で多数働いている。東南アジアの人たちには明るく優しい人が多いので、資格と意志をもっていればたとえ日本語が完璧でなくても、立派に日本で介護や看護の仕事をこなせるのは明らかだ。良いところをあまり見ないで過剰防衛意識や過度の慎重さで考えると、外国人に警戒的になってしまうのではないか。

最近は、都市や地方でよく外国人を見るようになったから、誰でも彼らに気軽に声をかけて見るとよい。言葉が通じない場合があっても臆せず笑顔を向ければ、必ず笑顔が返ってくる。片言でも声をかけて何度か付き合えば、人間としての良さもわかってくるものだ。
私は世界の7つの国に住み、出張などで5つの大陸に旅してみたが、人間はどこでも同じ感情を持っている、多くの人が優しい心や日本に対する強い関心や親近感を持っている、自分が心を開けば必ず相手と親しくなれるなどと感じた。いまでも海外を回りながら、それは間違っていないと思う。

高齢化社会に対応できていない状況は危機的で待ったなしだ。
私が首相になったら、もっと大々的に外国人労働者の導入政策を進めていく。

筆者近影

【小川 郷太郎】
現在





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外交官 第26話 安倍政権について思うこと

【小川 郷太郎】
全日本柔道連盟 特別顧問
東大柔道部OB
丸の内柔道倶楽部
外交官

第26話 安倍政権について思うこと  

前章では、グローバル化の急速な進展、近隣国の実情、混迷する世界などについて語った。ひとことで言えば、世界が急速に変化している中で日本がずいぶん遅れをとってしまっていることと、最近の世界情勢はますます混迷を深め、どの国にとっても対処が非常に難しくなっているということを言いたかったのである。

世界的に、政治の指導力の重要性は以前にも増して益々大きくなっている。ただ、政治の指導力が重要だと言っても、指導力さえあれば良いというものではない。力があっても、国内外の期待に反してとんでもない政策を実行している例もあるからだ。


日本の政権、世界の政権
「政治の指導力」とは、明確な方針のもとで一貫した政策が実施されることと考えれば、間もなく4年になる第2次安倍政権では政治の指導力はかなり発揮されつつあるように見える。他方、ここ数年間、強権を揮う中国やロシアなどの指導者を除き、政治の指導力発揮は欧米主要国では低下している。これが世界の混迷に拍車をかけている。

日本ではこの四半世紀の間、政治の指導力が著しく欠けていたと言わざるを得ない。実際、私は日本社会の変化のなさを嘆き続け、その背景にある政治の不作為に怒りを感じてきた。全体観、使命感や行動力を欠く政治家たちに大いに失望をした。
特にバブル崩壊後の政治は、政党が重要な政策課題を棚上げにしたまま選挙目当てに互いに足の引っ張り合いを演じてひどいものだった。小泉内閣でやっと政治の指導力が見えてきたが、その後の頻繁な政権交代で、状況は以前にも増して悪くなった。

2012年の第2次安倍政権が成立してからは、ようやく明確に政治の指導力が発揮されるようになり、遅れた日本の社会に様々な改革の試みが始まったことに一抹の安堵を覚えている。
最近の世界を見回すと、アメリカでも政権末期のオバマ大統領への失望感が強いだけでなく、次期大統領候補者であるクリントン氏、トランプ氏のいずれについても米国内外から大きな不安感が表明されている。フィリピンの新しい大統領ドゥテルテ氏についてもその言動がふらついていて、内外からの懸念も強い。国内では強い支持を受けている中国やロシアや北朝鮮の指導者も、その強権的独裁制や軍事力重視傾向が国際社会の大きな懸念材料になっている。欧州主要国であるドイツ、フランス、イギリスの指導者も最近の国内基盤は決して強くない。

そうしてみると、安倍首相は国内的に安定し、一部の近隣国を除いて海外から懸念視されているわけではなく、結構いい線を行っているとも言える。


安倍政権の良いところ、そうでないところ

ここで、私自身の安倍首相に対する感想を披露してみたい。安倍総理は第2次政権成立のあと、目を見張るような力を発揮して「安倍1強」とも言われる政治状況を創り出した。

率直に言って、以前の安倍氏からは想像できないほどの力量を示してきた。「女性が輝く社会」とか「一億総活躍社会」など、少し言葉が先走りして政策が追い付かないように見えるものの、全体観を持ち、政策目標を繰り返し明確に宣明して迅速に行動することが奏功していると言えよう。前政権で失敗したことから学んでいる節も見られる。

私は、政治指導者は信念に基づいた(正しい)政策を繰り返し表明して国民を説得し、「抵抗勢力」とは論争または妥協をしつつ、粘り強く政策目標を達成するべきだと思う。
ちょっと脱線するが、小池東京都知事も明確な政治意志と優れた政策構想力を持ち、目的達成に至るための周到で幅広い根回しをする点が凄いと思う。環境大臣時代に「クールビズ」を定着させた手腕は、その好例である。小池さんは、さらに、政治的「勘」と行動力があり、いざという時は退路を断って「崖から飛び降りる」ことまでするが、並みの政治家にはできないことで、以前からその胆力に高い敬意を表している。

ともかく、第2次政権での安倍さんは、それまでの何代かの首相に見られなかった政治指導力を発揮している。ただ、「指導力を発揮している」と言っても、当然その内容には好感できるものとそうでないものの双方がある。
私が好感している点は、三つほどある。

第一に、これまで歴代の首相が棚上げしてきた国内経済社会の難しい改革課題に取り組み始めたことである。日本人の生き方を変えることにまで踏み込んだ働き方改革、成長策の一環として官民連携でのインフラ輸出や農業の輸出産業化などの農業改革に取り組もうとしていること、延期を余儀なくされているとはいえ消費増税を決定したことなどは、最近の歴代内閣にはなかったことだ。

第二に、日本にとって極めて重要な外交政策に首相自ら大変な意欲と精力を注いでいることで、その積極性によって国際的存在感や影響力を増している。最近中国がきわめて日本に神経質になっていることは、中国の高圧的な海洋進出に対する国際連携による「安倍効果」だと思う。

もうひとつは、政策遂行の迅速性だ。それ以前の政権に比べて行動や政策決定がかなり速い。「安倍1強」の効果ではあるが、そのような状況を創ることも政治の力である。もちろん、これらのそれぞれにうまくいっているところと壁に当たっているところがある。うまくいかないところがあるのは、そもそも政策課題が複雑で達成困難なことや海外との関係のように制御しがたい要因も少なくないので仕方がない。それでも、日本は全体としてこれまでの遅れを取り戻す方向で動き始めつつある。十分ではないが、日本が変わり始めていることは、とてもいいことだ。

安倍政権の政策の中で、私としては好ましくないと思う点もいくつかある。
それらの点は、第27話以下で触れてみたい。

27話以下では、「もし私が首相になったら(・・・なりっこないのでまさに「仮想現実」ではあるが・・・)日本をこういう方向に導きたい」という思いを語ってみる。政策方針を掲げるが、その達成手段を詳細に論じるには紙面の余裕もないので、主として政策の方向を示すにとどめたい。
それを、このメルマガの第1章から書いてきた内容を下敷きにした私のメッセージとしたい。

筆者近影

【小川 郷太郎】
現在





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外交官 第25話 混迷を深める世界 (その2)内向きではいられない

【小川 郷太郎】
全日本柔道連盟 特別顧問
東大柔道部OB
丸の内柔道倶楽部
外交官

第25話 混迷を深める世界  

(その2)内向きではいられない
以上お話しした通り、いま世界に起こっている様々な変化は、今までにない複雑な現象で、しかもその影響力には計り知れないほどの強さがある。
当然のことであるが、その影響力は日本にもすでに及んでいる。それに備えるにはどういう姿勢が必要だろうか。先ほど触れたイギリスのEU 離脱の問題を例にして考えてみる。

多くの国際機関や知識人が指摘するように、イギリスの国民が選んだ「EU離脱」によってイギリスの経済や国際的地位が今後相当低下することになろう。

EU のメンバーだから、英国で造った製品はEU 域内に無税で輸出できる。英国企業だけでなく、日本の日産をはじめ世界の多くの企業も生産拠点を英国に置いている。今後は基本的に関税なしの輸出の利点は享受できなくなり、進出企業も戦略の見直しを迫られている。
ロンドンに発達した高度の金融市場もEUメンバーだからという要素もある。EU 離脱に備えて、これからは企業のイギリスからの撤退や資本の流出も起きることが予想される。離脱に伴うマイナスを補う措置も取られるではあろうが、今回の国民の選択は、英国の衰退の始まりを告げるものになる公算も小さくない。
そして、離脱の負の影響は日本を含む多くの国の企業や経済にも及ぶ。言ってみれば、英国民は取り返しのつかない選択をしてしまったように見える。

(出所:bing.com/images

この国民投票では賛否が拮抗して、イギリス国民、保守党内部、イギリス社会のさまざまな階層(例えば、エリート層と民衆、高齢者と若者など)を分断した。
例えば、高齢者の大多数が「離脱」を望み、若者は概して残留を選択した。接戦の末、「離脱派」の数が僅かに「残留派」を上回ったが、離脱派が勝利した後に、離脱を主張したリーダーの中には離脱の理由として挙げた根拠は間違っていたことを認めて撤回する人も出た。
若者たちを中心に国民投票のやり直しを求める多数の署名も集められて、混乱が見られる。

離脱を望む人たちの主要な理由には、EUから課せられる様々な制限を脱しイギリスの主権を取り戻したいとか、移民を制限したいという思いがあった。
このいずれの理由もそれなりに理解はできるが、短期的な視点に基づく内向きな考え方である。この議論の欠点は、イギリス自身もグローバル化と相互依存関係の不可分の一員であることを忘れているか、それを軽視した点にある。

クローバル化と相互依存関係が進む国際社会で各国各地域との連携は不可欠である。アメリカのような超大国でさえ、世界と緊密な連携なしでは立ちいかない状況に身を置いている。「主権」や「難民」を理由にEUとの連携から脱するという判断は、地域と連携することによって得られる巨大な経済的・政治的利益を犠牲にする内向きで短期的視点から来るものである。

レベルが違う話なので適切ではないかもしれないが、私は今回のイギリス国民の選択を見て我が国の第二次世界大戦の経験を思い出した。
当時日本人は軍国主義的指導者の主張に従い、神国日本を信じ「鬼畜英米」を唱えて戦った。世界の客観情勢に思いを致す余裕もなく、国全体の視野が狭く内向きになったときの大きな危険を教訓としなければならないといつも思っている。

だから混迷が深まる世界の中でどうすればいいのか。
私は、「眼を外に向けよ」「内向きではいられない」「世界との連携が重要だ」と主張したいのである。TPPを巡る論議にもそういう姿勢が重要だと思う。

筆者近影

【小川 郷太郎】
現在





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