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外交官 第29話 日本の安全保障をどう確保するか (その3)幅広い安全保障の網を編む

【小川 郷太郎】
全日本柔道連盟 特別顧問
東大柔道部OB
丸の内柔道倶楽部
外交官
2017年5月17日

第29話:日本の安全保障をどう確保するか  

(その3)幅広い安全保障の網を編む
安倍政権のもとで「積極的平和主義」が唱えられ、一連の新しい政策がとられてきている。外務省が作成した資料に掲載された積極的平和主義の具体的内容を示す項目は概ね納得できるが、実際とられた措置は集団的自衛権行使容認、防衛装備移転三原則、平和安全法制の整備など、どちらかというと軍事的側面における安全保障の体制整備に重点が置かれているようにみえる。それはそれで必要だとしても、より幅広い安全保障の網を編むことにもっと力を入れる必要がある。

ここで、私が総理大臣だったら、「幅広い安全保障政策の展開」を唱えて、アジアを中心に次のような方向に政策を展開したい。それは、上に述べた外交の力を今まで以上に積極的かつ多角的に展開し、ソフト面や経済面での安全保障の網の目を広く構築することに注力する。その目指すべき具体的方向は次のようなものである。

(1)中国の国際経済戦略とアジア経済のダイナミズムとの融合:
壮大な戦略と経済力を駆使して展開する中国に影響力を行使するのは容易ではないが、例えば、我が国も中国主導のAIIB(アジアインフラ投資銀行)に加盟したり、ADB(アジア開発銀行)とも連携しつつ、「一帯一路政策」にも適切な形でかかわることも検討に値する。

(2)アジア経済圏拡大支援:
2015年12月31日に「アセアン経済共同体」が発足した。この共同体はアセアン地域の経済を統合するものであるが、まだ制度として残された課題もある。さらには、地域経済の一層の統合に向けたRCEP(東アジア地域包括的経済連携)や FTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)の交渉も行われている。 我が国が一層のイニシアチブを発揮して地域の経済統合に向けた制度造り支援に注力することが、我が国と地域の安全保障に資することになる。

(3)アジアにおける人的大交流計画の展開:
ちょうど10年前の安倍第一次政権で、安倍首相は「21世紀東アジア青少年大交流計画(JENESYSプログラム)」を発表し、実施した。これは5年間にわたり、東アジアやインド、オセアニア諸国の青少年を毎年6000人招聘して日本の青少年と交流する計画である。当時、私もその一部の委託事業に参画したが、その大きな効果を目の当たりにした。
このような規模の大きい人的交流を長期にわたって継続することが極めて重要である。青少年だけでなくジャーナリストや教員も含めれば波及力は大きい。留学などで外国を知り、その国に親近感を持った者の気持ちはずっと続き、相互理解や友好関係の増進に大きな力となる。これも安全保障にとって大きな力だ。


「国際協力費」の創設
幅広い安全保障の網を広げるとの観点から、さらに新しい予算費目「国際協力費(仮称)」創設を提唱したい。これは従来の政府開発援助(ODA)を止揚する概念で、世界に誇る日本の「ソフトパワー」を通じて、対外依存度の高い我が国が世界の平和に貢献し、世界との安定的関係を一層強めるための予算である。「積極的平和主義」の重要な要素とし、当面GDPの0.5%程度の予算を充てるべきである。

私は外交官としての経験から、日本や日本人が世界の殆どの国々から好感と敬意をもたれていることを常に感じ、誇りに思ってきた。尊敬される背景には、ODA、平和外交、文化の力、科学技術力、そして日本人の人間的資質がある。
援助については、特別の政治的意図を持たず相手国のニーズを考えながら対話を通じて行う日本的アプローチが感謝され高く評価されている。また、日本が平和憲法のもとで国連を中心に核廃絶をはじめ軍縮や不拡散などの分野で様々な活動を主導してきたことは世界から広く認知されている。イラクに自衛隊を派遣しても民生支援に徹し、一発の銃弾も発せずに帰国したことが称賛された。
安保理常任理事国がすべて核保有国で占められる中で、平和外交を推進する日本がさらに影響力を行使することが必要である。

文化については、能、歌舞伎、生け花、浮世絵等の伝統芸術の優れた独創性、緻密で洗練度の高い工芸品、世界無形文化遺産になった和食などの食文化、世界中に浸透している柔道、世界の若者を引き付けるポップ音楽や漫画、コスプレ等々。これだけ多岐にわたるジャンルで注目され愛される文化を有している国は世界でも他に類を見ない。

さらに、我が国の持つハイテクや環境技術、先端医療技術等を通じて世界に貢献することができる。日本人の資質についても、6年前の大震災における日本人の冷静で秩序ある行動や忍耐力は世界中から驚きをもって称賛された。どれも米国や中国などの大国も真似のできない日本独特のソフトパワーであり、偉大な資産である。

「国際協力費」はこの資産を活用するための予算で、主な使途は①従来のODAに加え、②平和外交推進(例えば、広島等での平和・軍縮に関する国際会議、啓蒙活動、核廃絶運動支援)、③様々な文化や人物の交流(中国や韓国を中心に有識者、メディア、政治家等の交流の大幅な拡充、留学生増大、教員の異文化体験、スポーツ交流、日本文化紹介事業、日本の発信力強化のための活動等)、④科学技術協力(環境・医療分野など)である。

冷戦終了以降、主要国がODA予算を増やした。民族紛争の頻発や地球温暖化、国際テロなど地球的規模の問題が顕在化したからだ。中国も急速に対外援助を拡大してきた。我が国はこの世界の動きに逆行し、ODA予算は1997年をピークに15年間で半減してしまった。日本の対外影響力は減少し、中国などのそれが高まってきた。国家戦略の大きな誤りである。
GDP の0.5%は防衛費の約半分だ。財政問題を考慮する必要はあるが、高額と考えるべきではない。日本への親近感と信頼感を増進させ、日本の安全を増進する。将来財政赤字が減少すれば、GDP の1%にもするくらいの国家戦略的思考が必要だ。

「国際協力費」構想は、安全保障を確保するための各種政策手段の中で、軍事的側面での対応と非軍事的側面での対応との間のバランスを現在より後者の方に重点をシフトさせるべきとの私の主張に財政的基盤を付与するものである。

筆者近影

【小川 郷太郎】
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