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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第三話 「第1章 スラム街の少女プン」

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
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梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

第1章 スラム街の少女プン

目覚ましが鳴っているような。おっと、もう9時か。急げ、ちっ、初日から遅刻だ・・・・・・
寝たのが深夜の1時。日本時間の3時だった。
昨夜、寝付けなかったので、ウイスキーのポケット瓶を
ラッパ飲みしたのがまだ効いている。
急いで顔を洗い、事務所へ。
宿泊先のホテルからの初出勤だ。
事務所は、ワールドトレードセンター、伊勢丹デパートなどがある
バンコクビジネス街の中心から徒歩五分圏内のラチャダムリー通りにある。
事務所は、建物の七階で会議室と事務室の二部屋を借りていている。
急いでドアを開け、軽く
「皆さん、おはよ」
「木村さんですね。おはようございます。秘書のアップンです」
ちらっと10時前を指している時計を見、流暢な返事が返ってきた。
現地採用の秘書で、通称名アップン。
タイ人は、老若男女を問わず通称名を持っている。
これで一生呼び合うそうだ。通称名は、だいたい食物、動物、昆虫、
植物の名前がついている。
赤ちゃんの時に悪い霊からさらわれないようにそんな名前をつけるそうだ。
アップンはりんごと言う意味で、日本語と英語が堪能。
名門タニサート大学を2年飛び級で卒業した才女だ。
佐々木から聞いたところ、辞書を見ないで憂鬱と漢字で書けるそうだ。
(俺は、ゆううつのゆうも書けない)
彼女は、勤続8年でこれまで2人の駐在員に仕えた、
というよりかは駐在員の面倒をみてきた。
アップンは童顔で顔の造作がすべて小ぶりで、
きりっとした顔立ちをしているちょい美人だ。
ショートカットがよく似合う。
アップンの他に2人のタイ人の女性従業員がいて、ちょっとした日本語はわかる。
 「木村です。よろしくお願いします」

職員の前で挨拶をし、アップンから指示された窓際のデスクに座った。
「佐々木は?」
アップンがデスクの前に来て
 「佐々木さんは、帰任の準備で昼間は出社しないそうです。
夕方、来られるそうです。
今日は、午後から物件の案内がありますので、私がご一緒いたします。
それまで、こちらの資料をご覧になっていて下さい」
佐々木が書いた薄っぺらな資料をみていると、目の前の電話が鳴り、
ついとってしまった。
しばらく聞いて、秘書のアップンに代わってもらった。
「タイ語だ、アップン代わってくれ」
アップンは、しばらく流暢な発音で受け答えをして、
「所長、今の内容は工業団地の分譲セールスの面談申し込みでしたので、
断っておきました。それと、今の電話は・・・・・・タイ語ではなく英語でした」
「アジアンイングリッシュは発音が違うな」
と、笑って言ったのに、 「アメリカ人のキャサリンって言っていましたよ」とすかさずアップンに言われた。
午後、アップンに連れられ、日本人の老夫婦の物件の案内をした。
アップンは流暢な日本語で、
「タイは基本的な生活費がとても安い国です。日本の1/3から1/5で
充分に快適な生活を送ることができます」  
俺は、一言も発することができず、老夫婦と一緒にアップンの説明を聞いた。
「この物件でしたら、近くにデパート、大型スーパーマーケット、
コンビニもありますし、日本の方も多く住んでいます。
日本語対応可能な総合病院もありますし、もし、介護が必要になった場合でも、
すぐに介護スタッフを見つけることができます。
老後を暮らすにはとても快適な場所ですよ」
案内が終わって、俺は車内で
「老夫婦も好感触だったし、やっぱり憂鬱を漢字で書ける
女は違うね」
「薔薇も書けます」

来タイして一週間後、ホテルから高級デパートがある
スクンビット24通りのサービスアパートに移った。
サービスアパートは、部屋の清掃とベッドのシーツは取り替える。
スクンビット通りは別名コンファラン(外人) 通りとも呼ばれ、
白人などの外人も多く住み、高級アパートが立ち並ぶ。
スクンビット道路に交差している通りをソイと言い、
中心街に向かって右側が奇数、左側が偶数の番号が付けられていて100以上ある。
スクンビット通りに四季はない。
暑い、暑い、もっと暑い、すごく暑いだけである。
渋滞で込み合ったスクンビット道路の風景は、一年を通じて共通で、
夜ともなると、中心街に近いスクンビット道路の両サイドには
ギッシリと夜店と屋台が並ぶ。
ソイにはカラオケバー、ストリップバー、ゴーゴーバーの赤やピンクの
色鮮やかなネオンが点き、なまめかしい色が目に入る。

佐々木から日中の仕事の引継ぎは、ほとんどなかった。
アップンが業務のほとんどをこなしているからだ。
が、この1週間の夜の引継ぎは超ハードであった。
バンコクの商業・ビジネス街の中心のシーロム通りとスリオン通りを
つないでいる200メートルほどの通りがある。
その名をタニヤ通りという。
そこは、在タイ日本人の中では知らない人はいない日本人向けの歓楽街で、
一帯には会員制高級クラブから大衆カラオケ屋まで100以上はある。
ここに勤める女性ホステスとやがては帰国する日本人駐在員の間で
いくつもの疑似恋愛が生まれるそうだ。

佐々木は引継期間、毎晩2~3軒このタニヤ通りの店に俺を案内した。
接待用に10軒以上の店に自分のキープボトルを入れていて、
昼間の佐々木からは想像もできない熱心な仕事ぶりだ。
俺もまた、引継手帳にこまめに店の名前、店の特徴、
かわいいホステスの名札番号を書きとめ、
昼間の引継ぎよりも熱心にこなした。
タニヤに勤めるホステスの女の子は、基本的には連れ出し、
すなわちホテルへのお持ち帰りができる。女の子は番号が書かれている
赤や青や黄色の名札をつけていて赤は宿泊が可能、青はショートタイムが可能、
黄色は一緒に飲むだけという具合に名札の色で
お持ち帰りが可能か不可能かわかる店が多い。

1週間の引継ぎ期間は長いようで短い。ビジネスの引継ぎの他に、
病院、銀行、郵便局、デパートなどの生活周りの案内などで
引継ぎ期間はあっという間に過ぎた。
俺が待ちに待った佐々木を空港まで送る日が来た。
・・・・・・こいつを送り出したら自由だ。
送り出したら空港のラウンジでお祝いにビ-ルでも飲むか・・・・・・
木村は佐々木に悟られないように神妙な顔つきの奥で思った。
イミグレーションに向かう佐々木と俺は堅い握手を交わした。
「木村、タニヤの女にはまるなよ」
「ありがとう。でもそういうことは人を見て言えよ」
「だから言ったのだよ」
「じゃあな、あほ」
「おー、元気でな。ボケ」
空港で人を送り出すのは、駐在員の大切な仕事のひとつ。
一人残された駐在員はちょっとした達成感とわずかな淋しさが残る
はずだが・・・・・・残らなかった。



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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