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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第十二話 「第5章 モーターサイ大作戦 2」

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
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梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

カーオはスクンビットのソイ24の近くから高速にのった。
「カーオどこに行くの?」
「ミンブリーのユングのアパート」
カーオは、高速で15分ほど走り、ミンブリーのインターで降りた。
「カーオ、ユングのアパートにペンチある?」
「なんで?」
「こいつの爪をはぐのよ」
クンは乱暴にマイの髪を掴んで顔を持ち上げた。

ユング(蚊)のアパートは、上下4世帯用からなるモルタル造で、
彼女の部屋は一階の奥。カーオとクンはマイを両脇から抱えるようにして
ユングの部屋に運んだ。
「クーラーをつけて、暑いよ」
クンは床にへたり込むようにしてカーオに言った。
クーラーが効いてくるとクンは、立ち上がり冷蔵庫を開けた。
「ほとんど空じゃあない。カーオ、ビールとウイスキーとつまみ買ってきてよ。
ビールを飲みながらじっくりいたぶろうよ。あんたもマイとやりたいんでしょう。
あたしの前で思いきりしていいよ」
クンは財布から千バーツ紙幣を取り出してカーオに渡した。
「わかったよ、今、車を返しに行くからその帰りに買ってくるよ。
俺が帰ってくるまでマイに手を出すなよ。勝手に手を出したら承知しねぇぞ」

カーオが出て行くとクンは部屋の隅に転がされているマイに近づき、
「あたしの前でカーオがあんたを抱いているのを見たら
・・・・・・あたしはきっと狂うかもね。そのぐらいカーオが好き。
あんたが抱かれたあとは覚悟してね。
あんたの爪をはいであそこをペンチでつぶしてやるからね」
クンはそういうとマイの腹や胸を何回も蹴った。
恐怖と痛みでマイの意識は遠のいていった。

(・・・・・・そこを曲がった角がレンタカー屋だったな)
カーオがレンタカー屋に近づくと、その近くにモータサイが止まっていて、
2人の男が立っているのをカーオは見た。
1人の男がカーオの運転している車を見て携帯をとりだした。
カーオは携帯を取り出したその男の顔に見覚えがあった。
(・・・・・・スラム街の男だ)
カーオはアクセルを踏み込み、猛スピードでレンタカー屋の前をとおりすぎた。

「カーオが現れたわ。でも見張っているのがばれて逃げ出したみたい。
やっぱり、ミンブリーの近くのレンタカー屋に現れたわ。
すぐに追いかけましょう」
ニンはそういうと、携帯でプラモートにカーオの現れた位置を知らせた。
プラモートは、カーオを追っている仲間からの電話で、
行く先を他の仲間に携帯で知らせた。
モータサイの運転手はプロだ。余裕でカーオを追いながら
携帯で行く先を知らせた。
2台、3台とスラム街の男が乗ったモータサイが増えてくる。
「くそ、ハエどもがだんだん増えてきた。止まったら最後だ。
くそ、モータサイを使うとは・・・・・・」
カーオは、はき捨てるように言い、河向こうのパパデーン地区に向かった。
そこには、おじが経営しているムエタイ・ボクシングのジムがある。
パパデーンには、あと少しで着く。
(おじに助けてもらおう。 今の時間にはムエタイの選手が
まだたくさん残っているだろう。
おじに言ってこのハエどもを追っ払ってもらおう)

プラモートはカーオの移動方向で目的地が絞れた。
ニンからカーオの実家がパパデーンにあると聞かされていた。
プラモートは、ビッグべアの仲間にパパデーンに集結するように指示し、
残っていたビッグベアの仲間4人を車に乗せて、パパデーンに向かった。

カーオは、おじの経営しているムエタイのジムに着くと
転がるようにして入っていった。
「おじさん、助けて。
今、クロントイのスラム街のごろつきに追われているんだ」
おじと呼ばれた男が窓から外を見ると確かに5~6人の男
がジムの前にいた。
「カーオ、大丈夫だよ。追われているわけはあとで聞く。
かわいい甥っ子に手をださせないよ」
おじは余裕の笑いを浮かべて言った。
「おーい、みんなここに集まれ」
ジムで練習をしていた鍛え抜かれた身体の男たちがおじの周りに集まった。
「今、外にスラム街のごろつきがいる。中に入ってきたら遠慮することはない。
日頃の練習の成果を見せてやれ」  

俺は、ジムに到着したのですぐに中に入ろうとすると、
ニンが、
「ビッグベア、木村を抑えて」
ビッグベアが俺を羽交い絞めにして抑えた。  
「離せよ」
ニンがすかさず、
 「プラモート達が来るのを待ってましょう」

「おじさん、俺、急ぐんだよ。皆で車まで護衛してよ。
それで俺が離れるまであいつらをやっつけていてよ」
「よーし、お前が離れるまでで、いいんだな」
ジムから鍛えぬかれたムエタイの選手がカーオを護衛して出てきた。
10人はいる。カーオの車までは約15メーターくらいだった。

その時、ビッグベアは俺を放った。
ムエタイ選手の防御の輪に突撃した。
一番前にいた男のムエタイ必殺技のひじ打ちを額に受けた。
額から派手に流血したようだ。
ダメージが強そうに見えるが衝撃をわずかにかわした。
プロ格闘家の喉を掴むため、あえて受けたひじ打ちだ。
流血しながらその男の喉を掴み、その横の男にたたきつけた。
喉は弱点で格闘家でも鍛えにくい。二人が崩れ、突破口になり、
防御の輪を切った。
カーオに向かって突進したが、視界に入らなかった回し蹴りを
側頭部に受けて吹っ飛んだ。
ビッグベアが、カーオの車の前に仁王立ちとなっている。
最初にうかつにもビッグベアに近づいた男は、
高々と持ち上げられ放り投げられた。
すると、3人がビッグベアに襲いかかった。
ムエタイの技が通じないビッグベアに3人が組みついた。
その隙にカーオが車に走り寄った時だった。
プラモート率いるスラム街の男達がかけつけた。
ナカジマも一緒だ。ナカジマがパチンコで援護射撃をすぐに始めた。
ムエタイの闘いでは、プラモートは元チャンピオン。
あっという間に2人をKO。
スラムの男たちは、鉄パイプを振り回し、隙をついて、
髪を引っ張り、噛みついたりする。  
ナカジマは、ムエタイ選手に容赦なく、パチンコで目を狙い石を放つ。  
なんでもありありのリング上にはないルールなしの攻撃だ。  
喧嘩は均衡が崩れたとき一方的になる。もちろん勝利の女神は俺たちに味方をした。
 思わぬムエタイ選手達の敗退にカーオは、膝を震わしながら立ちすくんでいた。

警察のパトカーの音がどんどん近づいてくる。
どちらが勝利者かわからないほど顔中あざと血だらけの俺は、
カーオをニンのところに引っ張ってきた。
「すいません、許してください。何でもします」カーオは叫んだ。
「そうか・・・・・・あとでケツの穴でもなめてもらおうか」
ニンは俺の品のない発言を完全に無視して
「あなたのやったことは犯罪だわ。でも、今は警察に引き渡さない。
仲間内の喧嘩にしとくわ。自分で自首しなさい。刑が軽減されるわ。
それより、すぐにマイのいるところに案内して」
パトカーで駆けつけた警察官をカーオのおじに任せて、
俺達はユングのアパートに向かった。
パパデーンからは渋滞はなくおよそ30分弱でミンブリーの
ユングのアパートに着いた。

カーオの帰りが遅いので心配していたクンの耳にアパートの前に
車やバイクが止まる音が入ってきた。
クンがそっとドアを開けて外を見ると、カーオが熊のような大男に腕を
取られて車から出てきたところが見えた。
(大変だ、カーオが捕まっている。どうしよう・・・・・・)
クンはキッチンから包丁を取り出しマイのところに近づいて行った。
(こいつさえいなければ良かった・・・・・・)
その時、ドアが開かれビッグベアに連れられてカーオが入ってきた。
そのあとに破壊された顔の俺と美しいニンが続いて入った。

「近づくとこの女の顔に包丁を突き立てるよ」
クンが包丁を振りかざし、目が血走っていて危険な状態だ。
「そんなこと止めなさい。
一生、刑務所に入るわよ。あなたはまだ若いから今なら取返しがきくわ」
ニンは落ち着いてゆっくりと説得した。
「うっせんだよ。このばばぁ」
「なによ、わたしまだ24よ。あんたに、ばばぁって呼ばれるほど老けていないわ」
ニンが怒って外にまで聞こえるような大きな声で言い返した。
「そこのうすらでかい馬鹿みたいなの、状況、わかってんの?早くカーオを離しな」
「ほらばか、わかってんのか。早く離せよ」
カーオはガラリと口調が変わってビッグベアの手をふりほどこうとした。
そのとき、俺は前のめりに倒れた。

俺はそっと背後に近づくナカジマを見逃さなかった。
バタッと前のめりに倒れた俺の後ろから飛んできた石が、
クンの包丁を持つ手にビシッと当たった。クンの手から包丁が落ちた。
次の石がクンの額にあたる。思わずクンは悲鳴を上げた。  
すかさず俺はクンを取り押さえた。

「いつまでどこを押さえているの、押さえるのは腕だけでいいのよ」
ニンが俺に言った。
何故か俺は、いつまでもクンにまたがり両手でバストを強く、押さえていた。

カーオの骨の折れる音と悲鳴が部屋に響き渡った。
ビッグベアが薄笑いを浮かべている。
ビッグベアはうすらでかい馬鹿と言われて完全に切れていた。
結局、カーオとクンを警察に引き渡した。
この作戦の総指揮者のニンは警察署に事情を話しに警官と一緒に行った。
しばらくは、カーオとクンは娑婆には出て来られないであろう。
警官がクンのアパートに到着した時、どちらが被害者かわからない状態であった。
警察に引き渡された時、カーオは右腕が折れ、額は俺と同じように大きく切れていた。
クンは額と小指から血を流し、小指の爪がはがれていた。
失神状態の二人であった。
マイは完全に消耗しきっていたが大丈夫だろう。
「プラモート、マイを病院まで連れて行こう」

その翌々日の夕方、スラム街のマイの家に皆が集まった。
とニンとプラモートが果物とお菓子を持ってやってきた。
俺は、元気になったマイに、
「スラムでおでんの屋台をやらないか?俺が屋台の費用は出すよ。
屋台っていくらぐらいする?」
「おでんってなに?」
マイが不思議そうに聞くと、 彩夏が
「ほら、グワイッティヤオに入っている魚のすり身の団子とか玉子とかタコ、
ソーセージを日本のしょうゆスープで煮込むの。
大体、2~3万バーツで道具はそろうかな」
「きっとそれいいよ、やろう。やろう」プンが嬉しそうに言った。
「プンちゃん、ビッグベアやパヌさん達を屋台に呼んで来て。
マイが無事に帰ってきたお祝いをしようって言ってきてよ」

屋台には、もうすっかり友達になったビッグベア達が集まった。
(両手に花ってこんなこと言うんだ)
俺の両隣りには、ニンさんと彩夏さん。
彩夏が、
「ニンさんって、綺麗で日本語が上手なのですね」
「褒めても何もでないですよ。ジャーナリストなのですってね。
どうしてジャーナリストになろうと思ったの」
「大学のジャーナリズム研究会の先輩で、カメラマンになった人がいたの。
その先輩は、ソマリアの内戦やイスラエルの空爆が続く
パレスチナ自治区のガザに行って、戦禍の子供たちの写真を撮っていた」
携帯を取り出して、俺たちに写真を見せてくれた。
それは戦禍に生きる子供たちの写真で、泣いている子、
笑っている子、様々な写真だった。
「2010年4月10日、バンコクで赤シャツの大規模デモがあって、
国軍はデモの参加者に向けて発砲したの。
『暗黒の土曜日』と呼ばれて、死者25人、
800人以上が負傷して、その中に先輩もいた」
俺は驚いて彩夏の顔を見た。
「先輩、巻き込まれて取材中に亡くなった。これが最後の写真」
それは、銃撃を受けて横たわっている父親にすがり、
泣いている女の子の写真だった。
「先輩の遺志を継ぎたい。
カメラマンは無理だけど、書くことならできる。そう思って」
ニンが優しく、
 「・・・・・・先輩のことすきだったのですね」  
彩夏が悲しく微笑んだ。  
「いま、臓器売買の仕組みを追っているの。
タイの農村部やカンボジアの子供たちの臓器が中国に組織的に流れているらしいの。
比較的安全なタイで下調べをして、カンボジアに行こうとタイに来たの」
 ニンが顔を振って、
「タイも同じ・・・・・・臓器売買はマフィア絡みで、
政治家や警察もグルになっている。下手に嗅ぎまわると命に関わる。危険すぎるわ」
彩夏は黙ってうなずき、ビールの入ったコップを干した。  
俺は二人の肩を抱いて、  
「おいおい、暗い話はそのくらいにして。なーんちゃって。がんがんやろうよ」

沈む夕日を見ながら、俺はうたいだした。
ビッグベア達クロントイのスラム街の仲間も、
もう覚えていて一緒に歌った。みんなの顔も夕焼けでまっかかっかだ。

ぎん ぎん ぎら ぎら 
夕日が沈む
ぎん ぎん ぎら ぎら 
日が沈む
まっかっかっか 空の雲 
みんなのお顔もまっかっか
ぎん ぎん ぎら ぎら
日が沈む   

(俺が小さかった頃、お袋と妹と手をつないでうたった歌だ。
この歌をうたうと故郷の仙台を思い出す。
親父は行きつけの立ち飲み屋で今ごろ、酒でも飲んでいるのだろうか・・・・・・。
たまには俺のことを思い出しているのだろうか。
お袋はいつも俺に言った。
お金持ちとか、偉くなんかならなくてもいいよ。
人に迷惑をかけず、できたら人に感謝される人間になりなさいってね。
俺は誰かの役に立っているのだろうか・・・・・)

プンがこちらを見てにっこり微笑んだ。



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第十一話 「第5章 モーターサイ大作戦」

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
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梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

第5章 モーターサイ大作戦

クロントイに行く途中に彩夏に電話をかけた。
「マイがいなくなった。今、マイの家に向かっている・・・・・・」
「わかったわ。すぐに行きます」
 (・・・・・・そうだ。ついでにニンにも知らせておくか)電話で、
 「ニンちゃん、実はマイがいなくなっちゃたんだ。
今、マイの家に向かっているんだけど・・・・・・」
 「マイさんの家ってスラム街ね。わかった、わたしも行くからサトーンの
アパートに寄ってピックアップして」
木村とニンとプラモートが、マイの家に着くとすでに彩夏が来ていた。
 ニンを皆に紹介して、心配そうにしているプンとから一部始終を聞いた。
「なにかとっても心配なの」プンは不安そうに彩夏に言った。
 俺は、どうしたらよいかわからず、
「もう少し様子を見てみようか」と小声でニンに言った。
俺の発言を完全に無視してニンはプンに優しく言った。
「このクロントイで手伝ってくれる人いる?」
「ビッグベアのおじちゃんがいる」
「その人を呼んできて」
プンは走って出て行った。五分も経たないうちに熊のような大男を連れてきた。
ニンは皆に。
「カーオの仕業ね、答えは決まっているわ。
まず、事実確認と平行して捜索を開始しましょう。ビッグベアさんは、
必ず目撃した人がいるからマイを誰か見なかったか聞いてきて。
ビッグベアさんは他に助けてくれる人います?」
「俺の子分20人はいるよ」
「それじゃあ、手分けしてマイを見た人がいないか聞いてください。
見た人からどんなことでもいいから聞いてきて」
ビッグベアは、すぐさま立ち上がり心配そうなプンの頭を撫でて出て行った。
「木村さん、カーオが住んでいた家を知っているわよね。
プラモートさんと今すぐにそのアパートに行って。
もちろん、そこには誰もいないと思うわ。でもなにか必ずヒントがあるはずよ。
仏陀が残してくれているはずだわ。
そのあと、アパートの近辺のレンタカー屋でカーオが車を借りていないか調べてね」
ニンはプラモートにすぐに行動をとるように促した。
 「彩夏さんは、プンちゃんのそばにいてあげてください。」

俺とプラモートはニンの指図に従い、カーオが住んでいたアパートに向かった。
・・・・・・アパートにまだ居るかも知れない。
トンブリ地区にあるアパートまで高速を使えば30分で着く。
プラモートは車を飛ばした。
アパートに着くと俺たちは階段を駆け上がり、
部屋のドアに耳をつけて中の様子を窺がったが誰も居る気配は無い。
ドアノブを回したが鍵がかかっている。
プラモートが車からバールを持ってきて力任せに
ドアをこじ開け、部屋の中に入った。
「わりかし、部屋、かたづいているじゃん、
プラモートお前はそこの洋服タンスから探しな」
「へい、ボス」
ニンから言われたとおりにヒントになりそうなものを探し始めた。
30分、2人して部屋の隅々まで探したが手がかりになりそうなものは
何も出てこなかった。
「何も無いな、灰皿ないか」俺は煙草をとりだし、ジッポーで火を点けた。
プラモートが部屋の隅にあった灰皿を取りに行った。
灰皿の横にはごみ箱が置いてある。
ごみ箱の中の丸められた紙をプラモートは開き、見ながら言った。
「このメモに鵜とかマイとかクンとかユングとか書いてありますが何でしょう?」
「見せてみな」
俺はタイ語が読めないのに見た。
「関係ねえなあ、鵜じゃなぁ」冷たく言い放った。
プラモートは残念そうにメモをごみ箱に捨てた。
「何も出ないな、ニンに電話しよう」俺は携帯を取り出し電話をした。

「どう?なにかあった?」
「な-にも、無駄な努力ってやつかな」
「ふーん、どこかにメモみたいなものなかった?」
「うっ、あったけど関係ないかな」
「何が書いてあった」
「鵜とかマイ、クン、ユングだって。関係ないよな」
「よーし、いいわよ。そのメモ捨てないで持って来てね。
じゃあ次は近所のレンタカー屋に行ってね。
こちらは、マイの動きがわかったわよ。そのメモは役にたつかもね」
「・・・・・・」
電話を切って、珍しく猫なで声でプラモートに言った。
「さっきのメモを持ってきてくれる。それと近くにレンタカー屋が無いか探して」

ビッグベアは一時間もしないうちに、正確な情報をニンと彩夏に報告していた。
こういう時、ビッグベアの仲間は警察よりも早く頼りになる。
スラム街の人は、警察官が聞いても話さないことを
ビッグべアとその仲間には話すのだろう。
ビッグベアとその仲間の聞き込みで、マイがタラードの近くで
髪の短い二十代前半の女性に声をかけられたこと。
その女性と一緒にスラム街を歩いて出て行ったことがわかった。

俺たちは、カーオのアパートから近いレンタカー屋にいた。
レンタカー屋はアパートから5分ほど離れた県道に面したところにあった。
プラモートは、レンタカー屋の従業員に昔の軍の手帳を見せ、
偉そうに聞きこみをはじめた。
軍の手帳の効果があったのか、カーオが黒の乗用車を借りたのが直ぐにわかった。
「窓にシールの濃い車との注文だったのでよく覚えています」従業員は言った。
「いつ車を戻すことになっている」
偉そうな言い方のプラモートだがなかなか似合っている。
「はい、12時間後です」
「ここに持って来るのだな」
「うちの場合、チェーン店のどこにでも車を返していいことになっています。
車が戻ったらここに連絡がきます」
「車が戻されたら、すぐに電話をくれ。これが携帯の電話番号だ。いいな、すぐにだ」
「はい、わかりました。各支店に連絡を入れておきます」
俺は5百バーツのチップを従業員に渡し、レンタカー屋を出て、ニンに電話をした。
「さすがお2人ね。思ったとおりの情報が入ったわ。
作戦を立てるからいったん戻ってきて。
それとレンタカー屋のチェーン店がいくつあってどこにあるかも調べてきてね」
電話を切り、
「そうだ、プラモート、レンタカー屋のチェーン店がいくつあって
どこにあるか知りたい。レンタカー屋のパンフレットを戻ってもらって来てくれ」

車の後部座席の足元に転がされてマイは恐怖に泣いていた。
クンは片方のヒールでマイの下腹部と柔らかな胸を交互に踏みつける。
それでも物足りないのか、今度は腹を靴のつま先で蹴り、
顔を踏みにじりはじめた。
後部座席の様子をバックミラーで見ていたカーオは、
過激なクンを止めないとマイが殺されると思った。
殺したら意味がない。
「クン、もうすぐ着く。着いたらシャブを打つ前に、
マイの爪をはがさせてやる。今は止めとけ」
・・・・・・爪なら、また生えてくるだろう。

マイの家ではニンが中心となって、作戦会議が開かれ、
立てた作戦を皆に指示した。
「事態は一刻を争うと思うの。
状況から判断してかなりマイが危ないでしょう。
でもチャンスがないわけではないと思うの。
カーオが12時間以内にレンタカーを返すことにかけましょう。
それで、皆にお願いがあるの。名づけてモータサイ作戦」
モータサイトとは、市内を走るオートバイタクシーで
通りの角にいつも10台以上待機している。
皆は、身を乗り出し、作戦を聞いた。
「レンタカー屋の支店がどこにあるか見せて。
ふーん、全部で十店舗ね。ところで、カーオは何時に車を借りたの?」
「おい、プラモート何時だ?」
「えっ・・・・・・」 突然、振られた質問にプラモートは俺の目を見た。
「聞いとけって言ったじゃないか」目配せして言った。
「あっ、はい。今、聞きます」
プラモートは当然、指示されていなかったがここで恥をかかすわけにはいかない。
プラモートは、先ほどのレンタカー屋に電話をした。
「10時30分だそうです」
「ありがとう。まず、携帯電話を10台以上借りてきて。
お金は木村さんが全部出すわ」
思いきりにっこり笑ったつもりだが。 皆には引きつった笑いのように見えたかも。
ビッグベアの舎弟がすぐに俺から金を奪い、携帯電話を借りに走った。
「それと、すぐにモータサイを今から14台キープして」
ニンに言われる前に俺はお金を出した。またまた、ビッグベアの舎弟が走った。
「もう皆はわかったと思うけど、今から皆に携帯を持って
レンタカー屋の10店舗にモータサイに乗って行ってもらうわ。
カーオが現れたらわたしに電話を頂戴。見つけた人は、カーオの跡をそっとつけて行き、
場所をつきとめてからもう一度電話をちょうだい。
その間に他の人は、モータサイで、現れたレンタカー屋に集まってね。
そうそう、木村さんカーオの借りた車両のナンバーは?」
「おい、プラモート」ニンがにっこり笑って俺を見た。
プラモートはレンタカー屋にまたまた電話をかけた。
「プラモートさん、あなたは元軍人ですよね。この作戦の指揮をとってね。
ビッグベアの仲間にもう一度作戦を伝えて、
すぐに動いてもらってください。時間がないわ」
プラモートはニンに元軍人と認められ、
ビッグベアの部下を張り切って指揮し始めた。
「私と木村さんとビッグベアは、ミンブリー区にある
レンタカー屋の近くで待機しましょう」
「なんでミンブリーなの?」わけがわからず俺はニンに聞いた。
「マイとクンとユングというのはカーオが稼がせていた女性です。
まったくろくな男じゃあないわ。今回、マイを連れ出したのは、
年恰好からしてクンね。
クンのアパートはカーオのアパートの近くにあるの。
だから心理的には恐らくそこを避けるでしょう。それと、
ユングは今週イサーン地方の田舎に帰っていてアパートにいないわ。
残念ながらユングの詳しい住所はわからなかったけれど、
ミンブリーあたりということはわかったわ」
「すげー。何故、そんなことをこんな短時間でわかったの?」
俺は唖然としてニンに聞いた。
「本当は、企業秘密だけどね。タニヤの女帝、
クラブ恋のグランドママに事情を言って聞いたの。
一流クラブのママとタニヤで働いている一部の人は知っているわ。
実は、クラブ間でお客とホステスの詳細情報を交換していて、
すべての情報がクラブ恋のグランドママのところにあるの。
毎日、最新情報に置き換えているわ。一見の客は別として、
タニヤでお金を落としてくれる駐在員がどこのお店でいくら使って、
誰を指名したか、ホステスが誰と付き合っているのかなどね。
本人が知らなくても情報管理しているの。
そういう情報が載っているタニヤ新聞が情報提供したママに配られるのよ。
あなたが、マリコポーロのヤーさんを連続して指名したこともわかったわ」
ニンは、俺の太腿を思いきりつねりながら言った。
「ひぃー。わかったとにかく急ごう」
俺は分が悪くなったので、皆を急がせて立上った。
「私も行くわ」
彩夏が立ち上がろうとするのをニンは制止し、
「彩夏さんはここでプンさんと一緒に待っていてください」  



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第十話 「第4章 タニヤの才女ニン 2」

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
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梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

カーオは、チャオプラヤー河を渡ったトンブリ地区のアパートに
傷だらけで帰った。
「ひどくやられちまったな、金も無くなっちまったし。
くそ、あの日本人の野郎、ぶっ殺してやる・・・・・・」
鏡に映った自分の顔に話しかけた。
仲間達から最初に払った5百バーツのほかに、
もう5百バーツを要求された。カーオにとっては、
給料の半分に近い大変な出費である。
1年前にマイ(繭)と出会った時のことを思い出した。

いつも、客に出すフルーツをタラード(市場)で買ってから大和に出勤する。
その日もフルーツを買ってから店のビルまで来た。
ホステス募集の張紙を見ているマイがいた。ジーンズにゴムゾウリ、
襟元が日に焼けた白いシャツを着ていてお世辞にもお洒落とはいえない。
が、真っ白な襟筋、 大きな瞳の愛らしい顔立ちが印象的だった。
即座にこの女は、タニヤで人気になるだろう、稼げるかもと思った。
「張紙のお店は、小ママが日本語上手で、お金持ちのお客さんが多いよ。
ホステスもみんな、やさしいし、働きやすいよ。僕もそこで働いています」
声をかけられ、マイが振り向くと、やさしそうな微笑を浮かべたカーオがいた。
「こういうお店で働いたことないのですけど」
「大丈夫、大丈夫。一緒においで」
カーオは先にエレベーターに向かい、マイは遅れまいとカーオの後を追った。
マイは始めてタニヤのカラオケ店に入った。
カーオはカウンターに入り、飲み物を作ってマイに勧めた。
「外、暑かったね。テンモウパン(砕いた氷にスイカジュースが入っている)だよ」
マイは出されたテンモウパンを飲みながら見回し、
「ありがとう。カラオケ店って、こんな感じなの」
マイは、やさしそうで気のきくカーオに親しみを感じた。

大和のママは、めったに顔を出さない。小ママのミィアオ(猫)に
店のすべてを任せている。
小ママのミィアオは、マイを一目で気に入って、
「こっちにおいでかわいい娘ちゃん、明日から働いてもらうわよ」
店の奥の小部屋に連れて行き、そこにある制服のサイズ合わせをした。
「制服の貸与料は一日50バーツ、あなたの給料から引くわ。
お店のシステムを説明するわね」

マイは翌日から勤め始めた。
勤め始めてから数日後、客と一緒にボトルのお酒をかなり飲んだ。
ボトルを追加すると、マイの給料があがる。
お金を稼ぎたいので無理してお酒を飲み、かなり酔った。
客が帰るので立ってみると腰から砕けた。
カーオがカウンターから氷の入った水を持って来て
マイの肩をそっと撫で、やさしく言った。
「無理しちゃだめだよ。これを飲んで、奥で休んでいていいよ」

店が終わり、おぼつかない足取りで帰るマイをあとから追ってきた
カーオがそっと肩を抱いた。
「送っていくよ。クロントイだったね」
二人はタニヤ通りに面したシーロム通りに出ると、タクシーに乗り込んだ。
タクシーの中でマイは優しく肩を抱かれ、カーオの肩に頭を寄せた。
長い間、男性の優しさから遠ざかっていた。カーオはマイの唇に唇を重ね、
自分の舌をからませた。無抵抗のマイの様子で、落としたと確信をした。
タクシーは、クロントイとは逆方向にあるトンブリ地区のカーオのアパートに向かった。

(くそ、マイにシャブ(ヘロイン)をぶちこんでいればよかった。
ぶち込んでいれば、俺から離れなかったろうに・・・・・・。
スラムには屈強な男達がいる。
もう、マイには近づけないな・・・・・・)
メコンウィスキーをグラスになみなみと注ぎ、グラスをあおった。
何杯飲んだのだろうか。意識が遠くなる中で悪魔のささやきを聞き、
ふと不敵な笑いを浮かべた。
「よーし、これならマイは来るだろう。戻って来たら今度こそ、
シャブづけにして俺から逃げないようにしてやる」
カーオは高笑いをして、グラスをドアに投げつけた。

ニンはカオサンの近くの路上に車を止め、「一緒に来て」と言って車を降り、
俺の手をとり路地裏の深夜まで開いている花専門のタラード(市場)に連れて行った。
タイでは、スーパーが無くても大小のタラード(市場)が町のいたるところにある。
スーパーのようなタラードには肉や魚の生鮮食品が所狭しと、
並び、庶民はここで安くて新鮮な生鮮食品を買う。

ニンは、新鮮な切花がどうしても欲しかった。
先月、日本に帰った日本人の恋人との始めての時もそうだった。
3年前と同じように、ニンは同じところで赤と白の切花を買った。 
ニンは縁起をかつぐ敬虔な仏教徒である。
日本に帰る2日前、彼はニンのアパートで最後の夜を過ごした。
翌朝、彼は寝ているニンを起こさないで朝早く去って行った。
テーブルの上には銀行の通帳とキャッシュカードとメモが置かれていた。
メモには、ニンの誕生日の0827(8月27日)の暗証番号と
「君と君の愛する子」へと書かれていた。
通帳を開くと残高が30万バーツ、3年間毎月1万バーツ積んである。
(もう日本人を好きになるのは止めよう、
好きになっても日本に帰ってしまうから。
彼の思いやりが嬉しく自然と涙が浮かんできた)
日本に帰った彼には、自分が何故、タニヤで勤めるようになったのか、
その経緯を話すと一緒に泣いてくれた。

ニンは、バンコク市内の有名進学校である王立バンコク女学院に通っていた。
ひときわ美人のニンは、男性から声をかけられることが多かった。
でも彼女には大好きな男性がいる。週2回の家庭教師の大学生であった。
彼はイサーン地方の貧しい家の出身で、
働きながら最難関のチェラロン大学に通っている。
彼のやさしさと、ときおり見せる淋しげな横顔が好きだった。
二人はお互いに惹かれるようになり、何時の間にかニンの部屋で
愛し合うようになっていった。
高校3年生の時、子供ができてしまいどうしたらいいのかわからず、
彼に妊娠を伝えた。
普段の彼はいつでもいろいろなことをやさしく教えてくれていたのに、
その時の彼はニンに1万バーツを黙って渡した。
「どういうこと。話し合いもなしで」
いらだち、彼を問い詰めたら、
「子供を堕せよ」 とぶっきらぼうに言った。
ニンもどうしていいのかわからなかった。
仏教徒のニンはただひたすら自分の子供を殺せないと思うだけで
何も決めないまま、どんどん日は過ぎて行った。
ベッドで休んでいたら突然、彼はニンの腹を軽く蹴って乱暴に大声で言った。
「どうするんだよ」
ニンは泣きながらおなかをかばい叫んだ。
「出て行って、もう二度と会いたくない」

それから彼は家庭教師に来なくなり、住んでいるアパートも代えてしまった。
ニンは彼と会いたくて、チェラロン大学の門に毎日行ったが、
大学も辞めてしまったのか、いくら待っても現れなかった。
毎日一人で苦しみ泣いた。 それでもお腹に芽生えた命は、
幼いニンに守られて大きくなっていった。
父親は、オーストラリアに国費留学し、大学で教鞭をふるっている。
厳格な父親が妊娠を知ったら・・・・・・ニンは悩んだ。

彼女の苦しみとは裏腹にお腹で赤ちゃんが元気に動きだした。
小さい時からかわいがってくれている母系の祖母がホアヒンに住んでいた。
ホアヒンはバンコクから車で3時間ほど離れたリゾート地で祖母は祖父の建てた
別荘に2人の家政婦と一緒に住んでいた。
ニンは何もかも捨て、荷物を小さな鞄ひとつにまとめ、
ホアヒンの祖母のところに一人で旅立った。
祖母は何も言わずにニンを迎えてくれた。
4か月後、祖母に見守られてホアヒンの病院で元気な女の子を産んだ。
病室に運ばれた子をニンは抱いた。
抱かれて小さな命が必死で乳首を吸っている。
小さな指が乳房を掴む。
小さな指がちゃんと5本ある。
自分の今の気持ちが嬉しいのか、悲しいのかわからないが子供の顔を見ていると
自然と頬に涙が伝わった。
病室の窓からどこまでも深い青空が見えた。
ニンはこの子を独力で育てようと決意した。
2年後、子供を祖母に預け、娘のためにタニヤで働くことにした。
昼間、日本語学校で勉強した。小学校・中学校・高校を通して
首席であった聡明なニンはすぐに日本語をマスターした。
彼女は、大切な日本人の接待にはかかせない存在となり、
あっという間にタニヤの一流クラブ、セプテンバークラブで
指名1位の人気ホステスとなった。

ニンは、切花を買うと木村を促し車に戻った。
アパートはサトーン通りからすぐの十二階建ての洒落たマンションである。
マンションの1階の入口に守衛が立っていた。
ニンに手を引かれている俺は、後ろを振り返り、
ニンに気づかれないようにニコニコと守衛に手を振った。
7階708号室、俺を中に入れると、
ニンは鍵とチェーンをかけ、玄関においてあるお香に火をつけた。
ワンルームだが50平米以上はあるのだろうか、広々としている。
ニンはソファーに座るように言い、冷蔵庫からシャンペンを出し、
洒落た細いシャンペングラスに注いだ。
彼女は、一口飲むと切花を花瓶に活け、バスルームに向かった。
バスルームから俺を呼ぶ声が・・・・・・。 注がれたシャンペンを一気に飲み干し、もう一杯一気に飲んで、
誰もいないベッドの青いシーツにVサインをしてバスルームに走った。

カーオは二日酔いにめげず、早起きをした。冷たいシャワーを浴び、
二日酔いと打撲症で痛められた体を冷ました。
「もうすぐソンクラーンだ、暑いわけだ」
ソンクラーンとは、4月(タイの正月)の水掛け祭りで、
タイで最も暑い4月の中旬に各地で盛大なお祭りとなる。
町のいたるところで知っている人も知らない人も水をかけて遊ぶ。
みんな童心に返って水を掛け合う。おもちゃ屋では強烈な水鉄砲が良く売れる。

「しばらくはここに戻れないな」
身の回りのものを鞄につめて外に出た。
アパートからタクシーで5分ほどの所にもうひとつの住家がある。
アパートに着き、2階の奥のドアをたたく。
ドアが開かれ、ショートカットのまだ幼さが残る顔立ちの女性が出てきた。
「どうしたの?そんなに顔を腫らして」
「やくざの日本人にからまれた」
部屋に入ると彼女は抱きついてきた。
何も言わずに、抱きかかえ、ベッドまで運んでいった。
ベッドに乱暴に放り出した。
衣服を乱暴にはがし、頬を打ち、強引に彼女に浸入した。
クン(えび)は抵抗をしながら、そこは濡れていた。
犯されるように扱われるのが好きなクンだ

カーオは、自分は女のひもではなく、鵜飼と思っている。
テレビで日本の鵜飼のドキュメンタリーを見てこれだと思った。
鵜がタニヤで働く女であり、鵜がくわえる魚がお金だ。
誰でも鵜を操れるわけではないと自負している。
それぞれの鵜の性格に合わせて飼わなければならない。
3匹の鵜を飼っている。
失いかけている極上の鵜を取り戻さなければ自分の生活に響く。

2本の煙草に火を点け、1本をクンに渡した。
「お願いがあるんだ」
「なーに?」
「そんなに難しいことじゃあないよ。クンはかわいいから声をかけたら、
たいていの男は付いて来るよね。日本人の男に声をかけて連れて来て欲しい。
それと、マイを知っているだろ。マイを・・・・・・」
「いいよ。いつするの?」
「マイのほうは急ぐ。今日にでもお願いしたいのだけど」
「いいよ。あんたのお願い、断れないよ」
カーオは、やさしく抱いて唇を吸った。

起きた瞬間、どこにいるのかわからなかった。
(げっ、そうだ昨日はニンちゃんの部屋に泊まっちゃったんだ)
ベッドの横に座ってこちらを見ているニンと目が合った。
「ねぇ、お腹に棒で殴られた痕があるよ。どうしたの?」 ニンが聞いた。
俺は、スラム街での一部始終を話した。頭の弱い俺と違って、
聡明なニンはしばらく考えたあと、
「あまり簡単に考えないほうがいいよ。あなたは狙われるわね。
それと、マイさんが危ないわ。
その男は一度手に入れたものを決して離そうとしないわよ」
「どうしたらいい?」
「あなたは、狙われていると思って警戒してね。
マイさんに直ぐにガードを付けて、先手を打たないといけないわ。
後手に回ると厄介ね。すぐにカーオを探しましょう。
ちゃんとした人、たとえば警察とか軍の偉い人をたてて
話をつけないとすまないわよ。彼らはそういう人に弱いの」
「へー」能天気な俺は、シーリアスな顔をしたニンに間抜けな返事をした。
(俺は腕には自信があるし用心棒のプラモートがいる。マイの方も、
スラム内では屈強な男達に守られているし、
ニンが言うほど心配しなくても大丈夫だろう)
「今晩でもマイのところに行って、
当分の間、スラム街から出ないように言ってくるよ」

しかし、ニンの心配したとおりすでにカーオの魔の手は伸びていた。

マイはプンを連れてスラム街の公立小学校に向かった。
プンの一年生の入学手続きをとるためだ。
プンに、一度に二つの大きな喜びが訪れた。
お母さんが戻ってきたこと、
お母さんとこうして手を繋ぎ小学校に行けることだ。
スラム内の小学校で入学手続きを済ませると、
担任の先生から、今日の授業に出るように勧められた。
「先生、わたし・・・・・・なにも持っていないよ、鉛筆もノートも」
「今日は用意をしてあげますよ」女性の先生はやさしく言ってくれた。
「あとで迎えに来るね。明日からはみんなと一緒に行き帰りしてね」
マイは嬉しそうにしているプンに言った。
「お昼に校門に迎えに来るね」マイは、プンを残して学校を去った。

マイは、学校の帰りに、プンのカバンやノートなどを買おうと思った。
(財布の中身は乏しいが何とかなるわ。スラム街にある屋台の女主人から、
今晩から手伝いに来るように言われたし・・・・・・)
頼まれた屋台の仕込みを買うためにクロントイのタラード(市場)に向かった。
マイは、タラードの入口付近で後ろから声をかけられた。
振り向くとそこにクンがいた。
「ねえ、マイ。お店を辞めたんだってね。
小ママがお給料を清算してお金を持って来ているよ。
小ママは、スラム街の中に入りたくないって、スラム街の外で待っているよ。
あたし、呼んで来いって言われて来たの」
カーオがいるお店にはもう行けない。
お給料は諦めようかなと思っていたマイは助かったと思った。
クンの後について行った。
スラム街を出るとクンは、
「ほらあそこの車の中で待っているよ」
30メートル先に黒の乗用車が止まっている。
車の中は窓ガラスに目隠しシールが張られていて見えなかった。
「小ママは後ろにいるよ」クンが言った。
後ろのドアをあけると、クンが背中を強く押し、無理に後部座席に押し込んだ。
そこにはカーオがいた。

「カーオ・・・・・・」マイは絶句した。
体中が震えて声が出なかった。
カーオは、マイを押さえつけながら言った。
「騒ぐと絞め殺すぞ。クン、ガムテープで口と手足をぐるぐる巻きにしろ」
クンは言われた通り、マイをガムテープで縛った。
マイが動けなくなるとカーオは運転席に戻り、
興奮で震える手で運転を始めた。顔には不気味な笑顔が浮かんでいる。
後部座席ではクンはマイの髪を乱暴に掴み、引っ張りあげた。
「ねえ、カーオ。シャブ漬けにする前に、マイの顔をかみそりで切らせてよ。
あそこもライターで焼かせて」
きれいな顔をしたマイにカーオがここ一年もの間、
心を寄せていたことに、強い嫉妬を覚えていた。

俺はニンのアパートにプラモートを呼んだ。遅めの事務所への出勤だ。
事務所に向かう途中、プラモートにニンのアドバイスを話すと、
プラモートは、元軍人なので自分の知っている士官に仲立ちを
頼んでくれると言った。
事務所についたら早速、電話をかけてくれるそうだ。
士官にお願いするために金が必要らしい。
この国はたいていのことは金で済ませられる。

事務所では相変わらずアップンが木村に代わり、事務をこなしていた。
アップンが作った資料で日本への連絡などをしていると
あっという間に昼になった。
いつもアップンはお弁当を作ってきて事務所で昼食をとる倹約家だ。
俺も少しは倹約しなきゃと、アップンの質素なお弁当を見て思った。
「昼飯食って来るよ。たまには、弁当なしで来な。昼飯ご馳走するよ」
「たまじゃあなくて、毎日でもいいですか?」
「嫁になってくれたらね」
「・・・・・・」アップンが赤い顔して何も言わない。
最近は、俺のほうが一枚上だ。日本語なら負けないぜ。
「行って来るよ」

昼飯から戻り、アップンが作成した今朝のタイ新聞の日本語要約に
目を通していると携帯電話が鳴った。
携帯の着信表示は公衆電話を表示している。
「サワディー クラップ」(こんにちは)
「サワディー カー」(こんにちは)
不安そうな幼いプンの声だ。
「彼女からなんだけど、アップンちょっと代わってくれ」
怪訝そうな顔をしてアップンは携帯を受け取った。
しばらく話を聞いた後、笑いながら、
「所長、やっぱり幼児愛好者だったんですね」
アップンが意地悪そうに言った。

(・・・・・・仕返しをされたか)
「いいから、なんだって?」
「お母さんが待ち合わせの場所に来ないので、
一人で家に帰ったけど家にもお母さんがいないって、心配そうに言っています」
「すぐに行くって言ってくれ」
しまった、ニンの心配が当たっていなければいいが・・・・・・



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第九話 「第4章 タニヤの才女ニン」

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
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梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

第4章 タニヤの才女ニン

唄いながら、ニンとの約束が、俺の弱い脳に電撃的に走った。
「ぎんぎん ぎらぎらって歌っている場合じゃあねぇぞ・・・・・・」
俺は、ニンちゃんと夕飯の約束をしていた。
約束の時間は7時でもう30分は、過ぎている。
「オーマイゴッド」って、でも俺には信じる神様はいないかも。
(どうしよう?とりあえず、待ち合わせのデパートまで行ってみるか )
というわけで、モータサイで待ち合わせの場所まですっ飛んで行った。
モータサイとは、オートバイの後ろに人を乗せて走るオートバイタクシー。
渋滞を縫って走って行くモータサイは、バンコクの万年渋滞では遺憾なく力を発揮する 。
値段は距離にもよるが近いところは20バーツで乗せる。
待ち合わせ場所のデパートの正面入口までモータサイで10分。
40分の大遅刻だ。
あきらめていた俺の目に、デパートの正面入口の脇でにこにこ笑って
木村を見ているニンの姿が映った。
白のワンピースに襟元にオレンジ色のスカーフをしている。
肩よりちょっと長めの髪は緩やかにウェーブがかかっている。
おっかなびっくりニコッと、
「サワディー クラップ」(こんばんは)
「サワディー カー」(こんばんは)にっこりと返事。
「待たせたね、ご、ご飯行こうか?」
「そうね、お時間ないから屋台でグワイッティヤオ
(米で作ったラーメン、一杯二十~三十バーツ)でいいよ」
ぐさぐさっと胸に突き刺さる言葉だ。
「そ、そんな・・・・・・せっかくだからもっとおいしいもの食べに行こうよ。
日本のお鮨なんかはどう?」
「マイ ペン ラーイ。(気にしないで)屋台でグワイッティヤオ食べて、
お店に行こう。その前にデパートで買い物があるから
ちょっとだけ一緒に付き合ってね」
デパートの一階に高級化粧品が並ぶ化粧品コーナーがある。
ニンはデパートの中を勝手を知った感じで高級ブランドの化粧品売り場まで
迷わずに行き、普段に使っているのであろう、
高級化粧水、口紅、マスカラを注文した。

全部で4千バーツを超えている。
「出そうか?」 言わなきゃ良かったと思ったが遅かった。
「コックン カー」(ありがとう)
電光石火のような返事だった。

ニンの勤めているお店までは、渋滞も緩和されていて、
タクシーで20分だった。
タニヤ通りに入ると
「ちょっと時間あるからお鮨食べてもいいよ」
ご機嫌の直ったニンが言った。
化粧品の出費があったので屋台にしたかったのだが、
ここで屋台にしようと言う勇気は、残念ながら無い。   
タニヤ通りの中央にある鮨屋に入った。
カウンターの板前さんはタイ人だが日本語が通じた。
「いらっしゃいませ」威勢のいい声で迎えてくれた。
カウンターに座ったところ和服を着たタイの女性が飲み物の注文を
聞きにきたので、冷酒を注文した。
「木村さんは、一人暮らし?」
「うん」
「タイに来たばかりよね、タイ人の恋人はいないの?」
「タイの恋人はいないし、日本人の恋人もいないよ」
「私も一人、彼氏はいないわ。タイの男性は嫌い、
無責任で働かない人が多いから」
「ほんとにいないのかな?」
「ほんと。今晩お店終わったらアパートに来ていいよ」
いきなりの言葉にうろたえた、
口に運びかけていた鮨を鼻の穴に突っ込んだ。
ニンの手がいつの間にか太腿の上にさり気なくあった。
(あまりに、上手く行き過ぎている。
何か恐ろしいことにならないといいのだが・・・・・・アーメン)

彼女の勤めているセプテンバークラブに同伴で9時過ぎに入り、
カウンターに座った。着替えと化粧をして来るまで別の女の子が来て
水割りを作ってくれた。
「ニンさんって売れっ子だからなかか同伴できないのですよ。
ラッキーですね」水割りを作りながら、女の子が言った。

十分もしないうちに紺のロングチャイナドレスに着替えて来た。
隣に座ると腰の近くまで入ったスリットから形の良いすらっとした足が見える。
ニンは斜めに顔をかしげて目を見ながら甘えるように言った。
「私も同じの飲んでいい?」
「ニンちゃんと出会えたバンコクに乾杯」
俺は日本の四季、故郷仙台の話をした。
「山々に雪が降り、真っ白の世界になるのだ・・・・・・」
酔って喋る故郷仙台の話しに目を輝かせて聞いてくれた。
一緒にいた2時間があっと言う間に過ぎた。バンコクのクラブでは、
ホステスが入れ替わらない。11時を過ぎるとニンが店を出ようと耳打ちしてきた。
閉店前でも11時を過ぎると、早帰りが出来るとニンが言う。
ホステスのお持ち帰りができないマリコポーロやセプテンバーのような
高級カラオケクラブでも、客が5百バーツを勘定に上乗せすれば
ホステスは早帰りが出来るそうだ。ニンに促されて
11時でチェックをすると同伴料・早帰り料を入れて3千バーツだった。
ボトルが入れてあるのでそれほど高くはない。
着替えを済ませたニンとタニヤ通りの駐車場まで行った。
車は駐車場の地下2階に止めてある。ホンダの黒のシビック、
タイでは当時80万バーツ以上はしただろう。
「へー、これニンちゃんの車、新車じゃない」
助手席に座るとニンはエンジンをかけた。
何故か緊張した顔のニンであった。
「アパートどこ?」
「サトーンの近く」
「へー近いね。ところで運転は長いの?」
「1週間くらいかな」
今度は俺が緊張した顔になった。

かなり上手なハンドルさばきで車はスタートした。
1週間は洒落だろうと安心した。
助手席で前任者の佐々木の言ったことを思い出した。
(木村、おまえ硬派だったから、あまり女性の扱いを知らないだろう。
タニヤには海千山千の女性がたくさんいる。気をつけろ。
仮にお前がもてたら、もてるのはお前じゃなくてお金だと思えよ。
1億パーセントもお前がもてる確率はないってもんだ。
知っているだろうが、罠にはまるなよ。 俺はお前が知ってのとおり、
もて過ぎの軟派だから教えてやるよ。女の身体が目的で日本でも2股、
3股はあたり前だった。タニヤの女も俺と同じだ。
タニヤの女は、いかにもその男が好きなようにみせて金がお目当てだ。
その男があまり困らないよう何人かに分散して金を狙う。 よく覚えておけよ。
2股を見分けるチェックポイントは、 まず外でのデートはあまりしたがらない。
週に1回がせいぜいだ。「忙しいでしょうからなるべく身体休めて」
なんてやさしいこと言うけど。これは他に付き合っている男性と逢わせない、
見られないためだ。それと他にも付き合っている奴がいるから逢う時間もないのだ。
昔からどこの国も一緒だ、本当に好きなら三日も明けず逢いたくなる。
次ぎに約束のキャンセルが時々ある。
これは他に付き合っている奴が無理を言うことがあり、無理を聞かないと
金蔓を手放すことになるからだ。まあ他にもあるけど自分で考えろ)

シッシッ、ああいやな野郎だ。俺は頭から佐々木の顔を追い払った。
あたりの景色を見ると車はニンのアパートのあるサトーン方面には向かっていない。
この辺は、深夜の危険地帯と言われているカオサン地域のあたりだ。
「お、おいニンちゃん、どこに向かっているの?」
「・・・・・・」ニンは答えずアクセルを踏み込んだ。



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第八話 「第3章 対決 2」

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
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梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

店に平然と一人で入って来た俺を見てミィアオは思わず
「アッ・・・・・・」と声を上げた。
ただのボーイではない。ムエタイのジムに通っていて
用心棒を兼ねている。
「通訳してくれ」彩夏に言った。
「お前はマイからチップを殴って取った。
お前がマイの誰だろうがそんなの関係ない。
俺の前で泣いた女は俺の友達だ。友達は守る」
2本のタバコに火を点けてからハンサムボーイに
その1本のタバコをくわえさせてやり、一服だ。
「マイの子供に土産を買ってやれとやったチップだ。
2度と手を出すな。次は手加減をしないぞ」
ハンサムボーイの名前は、カーオ(ご飯)だそうだ。
カーオは俺の目を見ずにただ頷いた。
カーオからマイのアパートの場所を聞きだした。
「治療代だ。マイをこれから子供の所に連れて行く」
マネークリップから5百バーツを抜き、カーオに渡した。
「それじゃあな」

車に乗ると彩夏が、
「ちょっと見直した」
「小学校から空手を習っていた。高校は柔道部」
「何段?」
「空手3段、柔道初段」
マイのアパートはタニヤから車で20分、
チャオプラヤー河に架かる橋を渡ったトンブリ地区にある。
プラモートの説明によると、
この辺りはバンコクの下町で古い家が密集していて、
日本人は住んでいないそうだ。
アパートは築20年くらいだろうか、コンクリートにヒビが幾筋も
入ったボロだった。俺たちは、2階右奥のマイの部屋に向かった。
ドアをたたくとマイが出てきた。
俺たちが立っていたのに驚いた表情をしたマイの目の周りは、
青あざが広がり、唇は立てに切れて痛々しい。
俺は、これから娘のプンのところに連れて行くとマイに言った。
マイは顔を横にふり、何か言おうとしたが俺の険しい目を見てあきらめた。
マイは部屋に戻り、しばらくしてビーズの付いたバックを持って出てきた。
バックを持ったその手は震えていた。
助手席に俺は座り、後部座席に彩夏とマイが乗っている。
後ろを振り返り、 「プンが待っているよ」
「やっぱり、行けない。部屋に戻して」
彩夏が震えるマイの手を握りしめて、
「マイ、言いたくないけど、カーオがあなたのことを本気で 愛しているとは、思えない」
マイは顔を横に振り、
「違う。カーオは、普段は優しくしてくれる。家に帰ると言ったから・・・・・・」
「子供に会わせてくれないのに?」彩夏が問い詰めると、
「・・・・・・それだけ、それ以外は」
俺はつい大声で、
「子供とあいつと、どっちが大切なのだ」
「あの人は、私がいなきゃ駄目なの」
「・・・・・・あんな小さな二人が手をつないで危険な道路で
働いていたのだ、帰ってやってくれよ。
もう子供はプンしかいないだろう。プン一人に危険な道路で花を
売らせないでくれ、頼む、お願いだ」
木村は通じたか通じなかったかわからなかったが、
タイ語で一生懸命にしゃべった。
マイは黙って、外を見つめた。

プラモートが先頭で、辺りに気を配りながらスラム街を通る。
プンは家の前で待っていた。
マイを見ると満面の笑みで走って抱きついてきた。
皆で家にあがった。
プンはマイの目のあざを撫でながら
「チェップ マイ カー」(痛くない?)
「チェップ マイ カー」(痛くない?)と何度も何度も聞いた。
マイは、我慢していた思いが堰を切り、
愛おしくて思わずプンを抱きしめると、
「ジャーク ニィーパイ ユ ドゥイ カン ナーン ナーン ナ
(これから ずっと 一緒に いよう)」
「プン パイ ロォングリエン ナ。 マイ タムガン エン ダーイ
(学校に行かせるよ。もう働かなくていいよ)」
プンはマイの切れた唇をさわりながら、
「プン タムガン ダーイ マイ ペン ラーイ(大丈夫 お仕事するよ)」

「チャパイ ル ヤン クラップ(もう行くか?)」
木村は照れて、タイ語で言った。 
「ヤン パイ トンニィ マイダーイ(今、行っちゃだめ)」
その時、プンが木村の手を押さえた。
プラモートは不思議な顔をして、外の様子を見てくると行って出て行ったのだが。
1分経ってもプラモートが戻らない、俺は待つことが苦手だ、プンの家から出た。

外に出ると、すぐそこにプラモートが倒れていた。
そして、その先に3人の仲間と一緒にカーオが鉄パイプを持っていて、
にやりと笑っている。
俺もやけくそで、にやりと笑った。

マネークリップから奮発して3千バーツを抜き出す。
ブルーワーカーの1ヵ月の賃金は、
6千バーツ程度でボーイの給与もその程度だろう。
紙幣をひらひらしながら、最高の微笑みをカーオに投げた。   
返ってきたのは、中指を立て、ウィンクしながらノーのサインだ。
顔の腫れがなければ、さぞかし魅力的なウィンクだろう。
「キーニヨ ナ ハーイ タンモット シー
(けちだな、持っている金全部よこせよ)」
4人が声を出して笑う。
「笑われちゃったか、やーめた」肩をすくめて、紙幣をしまった。
瞬時に状況を判断した。
後ろは断たれている。プンの家には逃げ込めない。
やつらを家には入れられない。
(逃道があれば何とかなるのだが、ばらばらに追いかけて来るのなら、
一人ずつならなんとか片付けられるかもしれない・・・・・・)
そう思ったが前後に逃げ道はない。
カーオ達は木村の前で扇型に等間隔で並び、前の進路を遮断するフォーメーションだ。
両サイドの男達は皮手袋をはめ、その上に先が鋭く尖ったメリケンサックをはめている。
もう1人の男は刃渡り15センチのナイフを取り出して見せた。
(俺をじっくり、弄ぶつもりらしい・・・・・・3人で俺の進路を遮断し、
カーオの鉄パイプで袋叩きにするつもりだ。そろそろボコボコショーの始まりか・・・・・・)
覚悟した。
カーオが鉄パイプを横にはらってきた。俺はあばら骨を避けて腹で受けた。
鉄パイプは脇腹に勢いよく食い込んだ。息が詰まって、呼吸ができず、
膝をついたところを間髪を入れず回し蹴りが俺の横顔を捕らえた。
ひっくりかえり天を仰いだ。
「ヤン ヤン」(まだまだ)
カーオは鉄パイプを振り上げた。
「あーあ」俺は頭を抱えて目をつぶった。 
鉄パイプが振ってこない。
 ビュンと空気を切る音が聞こえ、目を開けると、
カーオが額を押さえ、ひざまずいている。  
ナカジマがパチンコを持って、家の前に立っていた。
いつの間にかカーオ達をスラム街の男達が取り囲んでいる。
屈強な大男を中心に15人はいるのだろうか、木村の味方のようだ。
「なんか状況が変わったようだね」
つぶやきながら、俺はほとんどダメージがなく起きあがった。
「ユウサン、ニィ プアン コーン チャン エン」
(ゆうさん、みんな私のお友達だよ)
プンが大男のそばで微笑んでいる。
「プアン コーン プン チャ チュワイ ユウサン
(プンのお友達が、ゆうさんを助けるよ)」
いきなりカーオの腰に大男のけりが入る。
カーオは見事に4~5メートル吹っ飛び、恐怖で引きつった表情をした。
「コトートッ ナ クラップ、チェップ ナ」(ごめんな、痛かったろう)
俺は近づいてカーオを起こし、頭を引き寄せながら
カウンター気味の頭突きをかました。
勢い良く鼻血が飛び散った。
プラモートはいつのまにか立っていて、
元ムエタイヘビー級チャンピオンの実力を発揮し、
汚名を返上するかのように容赦なくカーオの仲間達に襲いかかった。

すぐにカーオとその仲間は集められ、その周りを俺達が取り囲んだ。
「コトートッ コトートッ」(すいません すいません)
カーオは血だらけの顔を何度も地面にすりつけて謝った。

俺は、最後に思いきりカーオの尻にけりを入れて、
「オーク パイ シー、マイ マー ティ ニィ」
(出て行きな。ここには来るなよ)
カーオとその仲間は許されると、小走りでそこから去った。
カーオは4〇メートルほど先まで行き、逃げる準備が整うと
こちらに石を投げて大声で怒鳴ってきた。
「バー、プルングニー マー」(バーカ、明日また来るぜ)

プンの頼もしい友達と港の屋台に集まった。
ソムタム(青パパイヤのサラダ)とガイヤーン(鶏肉炙り焼き)
パッタイ(焼きビーフン)で乾杯だ。  
大男が、皆にタイ語で言うと、歓声が上がった。  
俺は彩夏に、  
「なんて、言ったの?」
「この日本人の奢りだ。ジャンジャン頼め」ですって」
「え・・・・・・」
大男はビックベアと呼ばれていてクラブの用心棒をしているそうだ。
プンはなかなか物騒な友達を持っている。  
グラスを持って、彩夏とナカジマの隣に移った。  
「パチンコ、すごい威力ですね」
ナカジマは黙ったまま、煙草に火を付けた。
「日本人なのでしょう?」
「・・・・・・・」
「ありがとうございました。あなたのパチンコで助かった」
「こっちの連中はよく使うのだ。
デモ隊も、パチンコで国軍に向かっていた」
彩夏が、
「どうして日本に帰らなかったのですか?
帰りを待つ親御さんだっていたのでしょう。
どうしてスラムになんか」
「よせよ。言いたくないことは誰にだってあるだろ。
すみません。この人、ジャーナリストらしくて」
「・・・・・・罪を犯したのだ。プンとマイ、スカンヤに一生をかけて償わなくてはならない罪だ」
彩夏がさらに、
「どんな罪なのですか」
ナカジマは、彩夏の質問には答えず立ち上がり、
「プンとカイのこと感謝している」
そう言うと去って行った。
「ずけずけ聞きすぎだよ」
「それが仕事なの」
「取材ってなにを取材しているの」
「去年の日本人青年による代理出産の事件、覚えている?」
「タイ人に自分の子供を何人も生ませた奴だろ」
「今、わかっているだけで子供が19人。彼、代理出産業者に
(子どもが千人になるまで続けたい)って言っていた」
「1000人・・・・・・金はどこから」
「彼は大手IT企業の御曹司。資金はいくらでもある」
「動機は?」
「相続税対策とか不動産投資目的とか言われているけど、はっきりしない」
「不動産投資の可能性はあるかも。タイは外国人の不動産購入は分譲マンションに
限られているから、外国人がタイの土地を直接買うことができない。
そこで代理母に出産させた子供の名義で土地を購入する。
今、タイはアセアン統合に向けて、この不動産投資規制を解除する動きがあるんだ。
そうなれば、外国から巨大な資金が流れ込んで、不動産価格が上昇する。
その前に土地を買っておいて、規制が解除されたら売る。莫大な儲けになるよ」
彩夏は呆れて、
「だからって、何十人も子度は必要ないでしょう。
私は、目的は人身売買じゃあないかって睨んでいるの。
闇ルートでの児童買春、それに臓器売買」
「ちょっと、深読みすぎない?自分の子供にそんなことするかな」
「自分の子供だなんて思っていない。人間とさえ思ってないのよ。
だって、障害のある子供を産んだ場合、引き取り拒否で、
その上、ぺナルティ-として200万円を課すと代理母と契約していたのよ。
絶対、許せない」
「取材、まだ続けているのか」
「うん。今は臓器売買のルートを探っている。
子供の臓器を売る現実が東南アジアの貧しい国では、後を絶たないの。
中国が組織的に臓器収奪の犯行モデルをカンボジアに持ち込んでいる
可能性があるの。カンボジアで実態を調べたいの」

ビックベアが俺たちの話に割って、
「何をまじめな顔してしゃべっているのだよ。
みんな、お前たちのことが大好きなのだよ。楽しくガンガン飲もう」
「俺のことを大好きだって、照れるよな。がんがんやるか。
プラモート、お前も飲めよ。よーし、日本の歌を唄うぞ」
夕日を見ながら、唄い出した。

ぎんぎん ぎら ぎら 夕日が沈む
ぎんぎん ぎら ぎら 日が沈む
まっかっかっか 空の雲
みんなのお顔もまっかっか
ぎんぎん ぎら ぎら ぎら
日が沈む



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第七話 「第3章 対決」

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
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https://www.amazon.co.jp/dp/4815014124?tag=myisbn-22

梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

第3章 対決

次の日、日本からの客3名を夕方、空港に迎えに行った。
親会社の幹部と取引先の2名の計3人は定刻にご到着でバンコクに一泊し、
翌日にはミャンマー連邦共和国に投資調査に行く。
一行は、トランジットのバンコクで一晩、羽目をはずそうと言うわけだ。
市内の宿泊先のホテルに案内し、チェックインをすますと5時を回っていた。
この時間だと観光名所の王宮(エメラルド寺院)もタイシルクで
有名なジムトンプソンの家も閉まっている。
まず、旅の疲れを癒す目的で古式マッサージ屋に行くことにした。
タニヤ通りの突き当たりのスリオン通りにあるカフェを曲がると別府温泉、
クイーンズボディなどのマッサージ屋が並んでいる袋小路がある。
タイ古式マッサージは、タイ族最初の王朝のスコータイ王朝
(13世紀~15世紀)のころからあり、インドヨーガのマッサージの影響を
強く受けたものだ。バンコク市内に巨大な涅槃仏が安置されている
ワット・ポー寺院がある。  
この寺院内に、古典医学校や古式マッサージ習得コースが置かれている。
マッサージ店には、この寺院で古式マーサージを習得した人がいて、
地方から出てきた10代の若い子に教える仕組みとなっている。
マッサージは1時間単位で通常のコースは2時間。
2時間で、4百バーツから5百バーツ。日本にくらべるとすこぶる安い。
足のつま先からゆっくり揉まれ、頭までくる頃にはあっという間に
極楽の2時間が過ぎ去る。  
終わると女の子にチップを払うのがルールだ。
このチップが ここで働く女の子の主な収入となる。
地方から出稼ぎに来て貧しい収入から家に仕送りする子が多い。
チップをはずむとうれしそうな笑みが返ってくる。
マッサージの強さを聞かれたら、弱めというと若い女子が来る。
強めというと、見ただけで体が強張るような強そうな方が来る。

マッサージを終え、夕食に向かった。
夕食は宿泊先のホテルのタイ料理店ベンジャランだ。
ベンジャランは高級タイ料理屋の代名詞ともいえる。
そこには庶民が食べるグワイッティヤオ(米麺のそば)、
ソムタム(青パパイヤのサラダ)などはおいていない。
洗練された外人向けの西洋風王室タイ料理だ。 
前菜に伊勢海老の刺身とシャコのガーリック炒め、
飲み物はシャルドネの白ワインを注文した。
冷えた白ワインがタイの辛しのせいで甘く感じられ、
タイ料理によく合う。
メインはグリーンカレーを注文し、本場のタイ料理を堪能してもらった。
外人向けに辛さを抑えているのだがそれでも辛い。
デザートはサモウ、マンゴ、西瓜のフルーツの盛り合わせと
ココナッツミルクの入ったアイスクリーム。
たいていの日本人にはタイ料理は合うようだ。
腹が満たされた後、予約しておいたマリコポーロに一行を案内した。
エレベーターを降りると、小ママが満面の笑みで迎える。
「こちらへどうぞ」案内してくれた女の子の控室は、
ざっと15名程の女の子が待機していた。
どの子もモデル級だ。俺は女の子たちに笑いながら、
「日本語ができる子、手を上げて」と質問する。
全員が手をあげた。
「それじゃ彼氏がいない子、手を上げて」これまた全員が手をあげる。
「処女の子、手を上げて」女の子たちは、
またまた勢い良く笑いながら全員が手を上げる。
「今日だけね」木村はニヤリと笑う。
女の子達も勢い良く笑った。
マリコポーロでは、こんな日本語は通じる。
それぞれ気にいったホステスを指名してカラオケルームに移った。
マリコポーロに限らず、タニヤのカラオケクラブの女の子たちは、
日本語の歌を上手に唄う。それも、日本で流行りの歌を唄う。
日本の流行とほとんど同じスピードでタニヤでは流行する。
「皆さんチークタイムです。踊って下さい」
ヤーちゃんとデュエットを始めると、待っていていましたとばかりに、
客たちはホステスを誘ってチークダンスを始めた。
2時間ほど遊んでチェック(勘定)した。
チェックはボーイを呼んで部屋でする。
4人で約9千6百バーツ、チップを含めて1万バーツを払って店を出た。
客を無事にホテルに送り届けた後、アテンドした疲れを癒すために、
セプテンバークラブに寄ることにした。
残念ながらニンちゃんに指名が入っていたので
カウンターで一人グラスを傾けた。
カウンターで流れている曲は「いつか王子様が」って曲だ。
マイルス・ディヴィスのトランペットの響きが、心の奥に忍び込む。
タバコの煙の先にプンの笑顔が浮かび、 事故で死んだ妹のみゆきの顔と重なる。
・・・・・・プンとそっくりな瞳で
「お兄ちゃん、お兄ちゃん」って俺の手を引っ張り、
色々なことを聞いてきた。
プンはみゆきの生まれ変わりなのだろうか・・・・・・
グラスを上げてカウンターのボーイに水割りのおかわりをしようとした、
その時、携帯がなった。
彩夏からだった。
「プンのお母さん、戻ってきてないの。私、お店に行ってみようと思って」
「昨日、行くと言っていましたが・・・・・・じゃあ、30分後にお店の前で」

彩夏が到着するのを待って、大和に入った。
小ママのミィアオが近づいてきて、二人をボックス席に案内した。
「やるね、キムラサンさん。美人と一緒だね。こっちへどうぞ」
「マイはいる?」
「キムラサンさんはマイにお熱ですね。マイは今日は休みだよ、
あたしじゃだめか?」
ミィアオは、両手でバストを持ち上げてウィンクする。
「小ママじゃあ、ずっとだめ。本当はかなり日本語できるなおぬし。
からかいやがって。さんは、ひとつでいい。マイはどうした?」
「この次はドンペリだったね?」嬉しそうにミィアオは言った。
「何かボトル入れてもいいよ。マイはなぜ休みなのだ、風邪か?」
「ボトル何いれる?」
「何でもいいよ」
「ほんとか?レミーのルイ13世、50万円大丈夫か?」
俺は殴りたい衝動をぐっと押さえて、
「バレンタイン17年ある?」と作り笑い浮かべながら小ママに言った。
「バレンタイン17年なら20万円でいいよ」
「ほー、安いね、じゃあ5本ほど」
本気で殴ろうとしたのがわかったのか、ミィアオは慌てて、
「うっそよ、3千バーツでいいよ」
ノーブルな顔立ちをした小ママは、ボーイを呼びボトルと
水割りのセットと果物を持って来させた。
この小ママの日本語はまことに顔に似合わない。
ほっそりとした顔立ちで眼は涼しく切れ長、鼻筋がとおり
貴婦人を思わせるような美人である。
おまけに細い体からは想像も出来ないドレスのあいた胸元から、
はちきれそうな胸が見える。
黙っていれば相当な美人なのに。  
2人のやり取りを呆れて聞いていた彩夏が、  
「マイさんは、なぜ休んだのかしら?」
 「美人だね、うちで働かないか?」  
キッと彩夏が睨むと、
「冗談、冗談、マイは一週間くらい、休むかもね」
2人に、水割りを作りながらミィアオは、ポツリと言った。
木村はあせらず煙草を1本取り出し、火を点けてもらいながらに聞いた。
「1週間は長いね。旅行か?病気か?」
「わからないよ」わかっている顔をしている。
マネークリップから、5百バーツを抜いてミィアオの手に握らせる。
「あと5百バーツですべてがわかるよ」
「返せよ、5百バーツ」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ、わかったよ。マイは顔を殴られたよ。
顔の腫れが治ってから、来るよ」
「えー、どうして?」彩夏がびっくりして聞いた
「ちょっと言いたくないけど、キムラさんのあげた3千バーツのせいね。
マイきたらマイに聞くといいね」
「らっしゃいませー」ミィアオは、店に入って来た3人グループの方に逃げて行った。
小ママの替わりに別の女の子が来る。
「ナン ドゥイ ダーイマイ?(ここ座っていい?)」
「ダーイ カー(いいよ)」彩夏が答えた。
彩夏がマイのことを聞くと、女の子は名前をソム(オレンジ)と自己紹介し、
ビールを注文して飲みながら話し始めた。ソムはマイの友達で
同じアパートに住んでいるそうだ。
ソムは一昨日の晩にあったことを話してくれた。
俺は話を聞き終わると、彩夏が止めるまもなく、
カウンターにいるボーイに近づいて行った。

カウンター越しにいる女性のようにほっそりとした顔立ちの
整ったボーイに、怒鳴りつけた。
 「お前、マイを殴って3千バーツとったそうだな」
 彩夏が通訳すると、ボーイはびっくりする様子でもなく、
にやついて俺を見て、
「俺の女を殴ろうとお前の知ったこっちゃあない」
ミィアオは、焦って走って来た。
「キムラさん、店の中ではだめ。喧嘩なら外でして」
ボーイは、平然とカウンターから出てきた。
俺を促してドアに向かうボーイは、顔に似合わず意外とがっしりした体型で
腕には自信があるようだ。
ボーイの後から俺はドアを出た。
ドアの外には階段の踊り場とエレベータホールあわせて
5~6平米のスペースがある。
外に出ると、ボーイはいきなり殴りかかった。
スピードの乗ったいいストレートパンチだ。
俺は顔をそらせ、なんとか拳をかわした。
かわされてもボーイの体勢の中心が崩れていない。
ムエタイか、次は足だな・・・・・・瞬時に判断した。
俺は1メートルほど横に飛んだ。
案の上、太腿めがけて回し蹴りが飛んできた。
半歩引いて軽くかわし、飛び切りの笑顔でハンサムボーイにやさしく
「コトートッ クラップ(すいません)」と頭を下げた。
マネークリップから千バーツ紙幣を素早く取り出した。
ボーイの顔が嬉しそうにほころび、近づいて来る。
誰でも好きなものには弱いものだ、油断をする。ボーイが近づいたその時、
いきなりボーイの喉を掴んで思いきり体ごと壁にたたきつけた。 
喉に食い込んだ俺の握力は75キロ。
掴んだままもう一度、ボーイを壁にたたきつけた。
かなりの衝撃だがムエタイ経験者なら大丈夫だろう。
次にボーイの脚を払い、床にたたきつけ、倒れた顎に手加減して
けりを一発お見舞いした。
まともに戦っても、勝てた奴だろうが面倒くさかった。
今日はまだやることがある。



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第六話「第2章 母親マイとの出会い 2」

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
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https://www.amazon.co.jp/dp/4815014124?tag=myisbn-22

梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

夜の7時ともなるとタニヤ通りは、店の前にホステスの女の子が並び、
客引きをする。
「いらっしゃいませ」を連呼している女の子達は、
どの子も二十歳前後で肌が露出するユニフォームを着ていて
物色する男達を誘っている。
(明日お客様をどこに連れて行こうかな?
アップンには聞けないし・・・・・・)と迷い、
やはり日本語か英語が通じる高級店に決めた。
タニヤの高級カラオケ店といえば、「マリコポーロ」
「セプテンバー」「ペア」などが有名である。
カラオケ店といっても別にカラオケをするのが目当てではなく、
たいていの日本男性は、ホステスのタイ美人がお目当てだ。
高級カラオケ店は、重要人物も接待できて銀座の高級クラブに
近いイメージだ。
最初にセプテンバークラブに寄ってみた。
建物の5階にありツーリストには入りにくい場所で、
(さすが、駐在員だと思ってくれるだろう)

店のドアを開けると、日本語で「いらっしゃいませ」と小ママが近寄ってきた。
店の中は生演奏のピアノの弾き語りが流れ、
赤の高級絨毯を敷き詰めた重厚間のある中世ヨーロッパ調の雰囲気だ。
ボックス席とカウンター席があり、カウンター席を希望した。
カウンターに座り、
佐々木がキープしたバレンタイン17年の水割りをオーダーした。
小ママがホステスの指名を木村に聞く。
「指名はいますか?」
「オーちゃん」
佐々木に案内された時にあいつが指名したかわいい子だ。
(ざまみろ、佐々木よ、日本で安酒でも飲んでいろ)
「オーちゃんは、今ほかのお客さんの指名が入っていてだめです。
ほかにいますか?」
「オーちゃんはだめなの・・・・・・じゃあ帰ろうかな」
「もうー、こっち来て見て、ほかにかわいい子たくさんいますよ」
小ママにホステスが待機しているところに案内された。
「えーと、4番じゃあなくて12番の子」
12番の子は俺に向かってにっこり笑った。日本語がわかるらしい。
中国人の血が混じっているのだろう肌が白い。顔が小さいがすらっとした鼻と
切れ長のアーモンドアイで軽くウェーブのかかった黒髪は肩の下まで伸びている。
カウンターの木村の隣に座り、水割りを作った。
「クン チュウ アライ クラップ?」 (名前は?)
「ニン カー」 (ニンです)
「アーユ タウライ クラップ?」(何歳? )
「イーシップ シー カー」 (二十四歳です)
(おおー通じた、ざまみろ、アップン)
水割りを2杯飲み、ニンと名乗ったホステスと明後日の夜御飯を
約束してそこを出た。
もう一軒、明日接待する本命のマリコポーロに向かった。
マリコポーロはタニヤ通りに交錯する狭い路地の突き当たりにある。 
路地を曲がる時、木村は前から来た店名入りの
白いワンピースを着た女性と目が合った。
なにげなく、女性の持つバッグを見ると、
どこかで見覚えがあるビーズのブローチが飾られている。
角を曲がった木村は、マリコポーロの入口の辺りまで来て、
(あのビーズの飾りは・・・・・・)
急いで通りまで走って行ったが、
さきほどの白いワンピースの美人の姿はなかった。


会員制高級クラブ・マリコポーロは、5階はショウパブのフロワーで
カウンター席やロマンスシートがあり、一人でも楽しめる。6階から8階は、
大小の個室からなるカラオケ部屋がある。
5階のエレベーターを降りると受付があり小ママが客の希望を聞き、
希望に応じて席や部屋に案内をしてくれる。
「お一人ですか?」しっかりした日本語だ。
「一人だよ。明日の予約できる?」
「はい」
「明日4名で9時過、個室ね」
「はい」小ママが予約のノートに記入しながら答える。
「今日はどうします?」
「ちょっとだけ飲もうかな」
「はい、指名の子いますか?」
「いなーい」 「こちらへ、どうぞ」女の子の控室に案内をしてくれた。
控室にはざっと10名程の女の子が色とりどりのドレスを着て待機していた。
「さすがマリコポーロ。レベル高いね。日本語しゃべれる子、手を上げて」
全員が手を上げる。
すばやく全員を見回し、
「うーん、78番」
指名された子は、にっこりと微笑みながら両手を体の前であわせる仕草をして、
さりげなく俺の手をとり個室へ案内してくれた。
部屋には絨毯が敷き詰められカラオケのセットと高級感が漂う
ソファーとテーブルがある。 部屋に入り、しばらくするとボーイさんが水割りのセットと女の子のドリンクと
パパイヤ、マンゴ、スイカが盛りあわされたフルーツのお盆を持ってきた。
出されたノートのボトル番号が記載されているところに
サインする。ボーイさんが出て行って二人となった。
恥ずかしくてよく見ていなかったが78番の女の子は、色白で大きな目をした
日本人に似たなかなかの美人だ。
彼女の名前はヤー(薬)ちゃん。
日本に帰って、タイのヤーさんと友達になったと言ったら皆から恐がられるだろう、
なんてくだらんことを思って、一人でにやりと笑った。
「カラオケする?」俺のタイ語よりかは、はるかに上手な日本語だ。
「ちょっとお話をしたいな」
思いっきりはにかみながら答えた。
(お話をしたいな。なんてかわいい言い方をする俺をみたら、
日本の下衆な仲間は、腹を抱えて笑い死ぬかも知れない)
俺の習いたてのタイ語と彼女のしっかりした日本語はいつの間にか、
タイ語の楽しいレッスンになっていった。
彼女との幸せな時間の中で、ふとスラム街のプンちゃんを思いだした。
先ほどすれ違った白いワンピースの女性を思いだし、
聞いてもわからないだろうと思ったが聞いてみた。
「ヤーちゃん、タニヤで白いワンピースの制服のお店ってどこかわかる?」
「・・・・・・右胸の上に赤いYの刺繍がなかった?」
「そういえば、なにか書いてあったかな」
「それじゃあ大和(やまと)かもしれないよ」
「へーどこにあるの」
「あとで小ママにタニヤの地図をもらいな。どこにお店があるかわかるよ」

マリコポーロを出て、小ママからもらった地図を頼りに大和を探した。
タニヤ通りの真ん中にある建物の5階だった。
店に入ると、すぐに小ママがでてきた。店はカウンター席と大小ボックス席が
7つくらいの大衆店で、ホステスたちは同じ白いワンピースを着ている。
「らっしゃいませ~、ひでりか?」
「ひとりだよ」
「ひでりか」
(そりゃあ、女ひでりだけど、マリコポーロとは品格が違うな)
小ママのミィアオ(猫)は奥のテーブル席に案内した。
テーブル席は半分くらいうまっている。
「この店はじめてか。なに飲む?ドンペリでもいくか?」
ミィアオはニターと笑って言った。
「おっと、いきなりそうくるかドンペリはこの次の時だ。とりあえずビール」
ミィアオはそのまま席に座ってボーイを呼びビールをオーダーした。
「店はじめてね。名前は?」
「キムラだよ」
「キムラはタイ語しゃべれるか?」
「ニィデヨオ(少し)」
「おっ、やるね。キムラはいつタイ来た」
(しまった。佐々木から自分の名前をタイ人に伝えるときは、
自分の名前のあとに「さん」を付けろ。そうでないと、
ずっと呼び捨てにされて不愉快な思いをするって言われたのを忘れていた) 
店内を見回しながら注がれたビールを一気に飲み干し、
煙草を取り出し一本くわえると小ママが火を点けた。
先程通りですれ違った女性が奥のテーブルで日本人の客に付いている。
「俺のほんとの名前はキムラサン。あそこの席の娘、
ちょっとだけ呼べないかな?」
「キムラサンさんあの娘いまお客いるよ、見えないか」
マネークリップから500バーツを抜いてミィアオの手に素早く握らせた。
ミィアオは、素早く立ち上がり木村が指名した女性のところに行き、
その子の替りに席に着いた。
「サワディー カー」(こんばんは)
その女性は、間近で見るとブンちゃんとそっくりな大きな瞳と
ちょっとふっくらとしたかわいらしい口元だ。
「チュウ アライ クラップ?」(名前は?)
「マイ カー」(マイ(繭)です)
木村がマイに矢継早に質問をすると慣れた調子で質問に答えた。
「年は24歳。イサーン(東北地方)出身で母親と姉が一人。
父親は3歳の時に病死。母親が病気で、働いたお金はほとんど田舎に仕送り」
マイの目をじっと見て、プンってクロントイに住む女の子を知らないかと尋ねた。
「マイ ルージャック(知らない)」
「チングチング ロー?(ほんとに?)」
マイはその黒い瞳をそらしている。
「カイ タイ レーオ、ロット チョン カイ クラップ
(カイは車にぶつかって死んだ)」
「クン プー ゴーホック チャイ マイ?(嘘じゃないの?)」
マイは驚きの表情で俺に言った。
「チングチング クラップ(本当だよ)」
葬儀の写真を見せると、大きな目から涙があふれ、
「カイ ペン ルークシャイ(カイは息子です)と答えた。

ボーイに手を上げて連れ出し料金を聞くと、800バーツと答えた。
800バーツを支払い、マイを連れ出し、
タニヤ通りにあるラーメン屋に入った。ラーメンを二人分、注文した。
カイは、日本人客を相手にしているので多少の日本語が喋れた。
ピンクのハンカチをポーチから取り出し、涙をふきながら、話し出した。
カイとプンをおいて出たのはお金を貯め、スラム街から一緒に出ようと思ったから。
最初は毎日、子供の顔を見に行った。でもいつの間にか
スラム街に行けなくなってしまった。
一日行かないと二日行かなくなり、三日行かないともう行けなくなってしまった。
時々、メッセンジャー(使い走り)にお金を渡してスラム街に届けてもらった。
毎日、毎日、子供のことを思って暮らしていた。
多分そんなことを言ったのだろう。マイの涙は止まらなかった。
(こんなに早くプンの母親が見つかるとは思ってもみなかった。
たぶん死んだカイが道案内をしてくれたのだろう)
「ラーメン、冷めないうちに食べよう」
マイに箸をとってやった。
店から出た時に、
「プンのところに行ってやれ」
3000バーツをマネークリップから抜き、マイに渡した。  
マイと別れて、彩夏の名刺を取り出し、携帯を掛けた。
「もしもし、木村です・・・・・・プンのお母さんと会いました。
会いに帰るって・・・・・・ええ、じゃあ、また」



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第五話「第2章 母親マイとの出会い」

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
⇒ Amazonにて好評販売中。
https://www.amazon.co.jp/dp/4815014124?tag=myisbn-22

梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

第2章 母親マイとの出会い

翌朝8時、プラモートに連れられ、スラム街内の寺に行った。
服装は派手でなければなんでも良いらしい。
午後から、出社できるようスーツで参加した。
彩夏は黒のワンピースで、すでに寺で待っていた。
小さな棺を乗せた荷車に綱を繋ぎ、僧侶を先頭に葬儀の参列者が
綱を引きながら、歩いて来る。
スラムの人々の列の先頭に、スカンヤ、ナカジマがいる。
スカンヤがプンを抱きしめて、列に加え、綱を下げる。
スカンヤとナカジマが俺たちに気が付いて頭を下げて、
彩夏にタイ語で、
「一緒にカイを見送ってやってください」
彩夏は俺とプラモートにも綱を引くように促した。
煙突のついた火葬炉は小さな寺のような形をしていた。
炉までは10段程の会談があり、階段の下で、参列者が
献花を持っている。
炉の前は15畳の広さがあり、鉄製台車の上に棺桶が置かれ、
炉の扉が開いている。
俺たちは、前の参列者を真似て、献花をお盆に載せ、
棺桶を撫で、階段を下りた。
やがて、棺桶が炉に運ばれ、扉が閉まる。
スカンヤ、ナカジマ、プンが階段を下りてきて、俺たちのそばに立った。
炉に火が入ると同時に、花火が打ち上げられ、爆竹が鳴らされる。
驚いた俺と彩夏に、スカンヤがタイ語で
「花火を打ち上げると、死者の魂が悪例に邪魔されずに天国まで
上がって行くことができるのです」
プンが泣き始めると、スカンヤがやさしく、
「泣かないで、プン。カイは生まれ変わるのだから、
来世はもっと幸せになれるように、祈ってあげなさい」
プンは涙を拭いて
「お兄ちゃん、また会おうね」

参列者たちが寺から出てきた。
彩夏に
「骨はひろわないの?」
「明日、拾うのです。でも、タイの人たちは霊を敬うことが供養で、
魂の離れた遺骨には特別なことはしない。ただの抜け殻だと思っているから」
「お墓は?」
「輪廻転生を信じているから、お墓もあまり作らないし、墓参りの習慣もないの。
海や山に散骨する人も多いの」
彩夏はスカンヤに、
「カイのお骨はどうするのですか」
「明日チャオプラヤー川に流します」  
俺は、彩夏の通訳を聞きながら振り返り、煙突から出る煙を眺めた。
彩夏が急いで、
「スカンヤさんが振り返ったらダメ。霊がとり憑くって言っています」
参列した人々が、スカンヤとナカジマに挨拶し、
それぞれのバラック小屋に戻って行き、俺たちもプンの家に寄った。
スカンヤが日本語で 「ありがとう」と言い、俺たちに頭を下げた。
ナカジマは黙って煙草を咥え、火を付けた。
プンがビーズでできた手作りのブローチを俺に見せ、
「ママが作ってくれたの」
彩夏が通訳して、
「きれいだね」と言った。
プンは嬉しそうに、はにかんだ。
スカンヤの喋るタイ語を彩夏が通訳すると、
「この子の母親は働きに出たまま行方がわからない。
父親はこの子が赤ん坊の頃、病気で亡くなったのです」
俺は、煙草を取り出し、じっと黙っているナカジマを見た。  
彩夏がナカジマに
「日本人なのですか」
と、確認したが無言のままだ。
スカンヤが代わりにタイ語で話したのを彩夏が通訳した。
「継父は元日本兵で、戦争中、両親を日本兵に殺され、
道端で泣いていた私を拾って、育ててくれたのです」
「日本には一度も帰ってないのですか」
彩夏が日本語でナカジマに質問したが黙ったまま。
同じ質問をタイ語でするとナカジマは頷いた。
彩夏はタイ語で、
「終戦後、日本捕虜が解放された時に、このクロントイで一時待機させて、
クロントイの人たちが食べ物を与えてくれたって聞いたことがありますけれど」  
ナカジマはタイ語で、
「昔のことはもう忘れたよ」そう言って煙草を揉み消した。
俺はプンに
「また、来るよ」  
彩夏が通訳すると、プンは満面の笑みで頷いた。
俺は事務所のまだ慣れない自分の席に座り、
まず、日本からのメール、ファックスを確認した。
現地の新聞、テレビニュースの情報などの要約は、
秘書のアップンがまとめて要領よくレポートしてくれる。
なんせ憂鬱と辞書を見ないで書ける秘書なのだ。
秘書のアップンと今週のスケジュールの確認をした。
明日は親会社の幹部と得意先がバンコクに来る。木村はホテル、
レストラン等のアポイントの確認をアップンに頼んだ。
明日のお客を空港でピックアップ後、先ずホテルに案内してチェックインし、
そのあと観光案内をしてから夕食をとり、
タニヤのカラオケバーに案内をすることにした。 
明日のアテンドを復習し、アップンが取りまとめた今日の現地のレポートに
目を通してから、そっと、タイ語の本を取り出して夕方までお勉強を始めた。
本のタイトルは、バンコク夜遊びタイ語集と書かれている。
「いくつ?」「名前は?」「出身は?」「独身?」
「きれいだね」「今度ご飯食べようか?」
秘書のアップンに聞こえないように小さな声で熱心に反復練習を始めたが、
「所長、きれいだねって発音を間違っていますよ。語尾を下げないで、
上げて下さい。その発音では不幸だねって意味になります」
と嬉しそうにアップンに言われた。
(・・・・・・耳のいいやつだ。聞こえていたのか)
思いきりの愛想笑いをアップンにした。

日本からタイに進出した神田でグランプリをとった日乃屋のカツカレーを
食べて、明晩、案内するタニヤに出動した。



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第四話「第1章 スラム街の少女プン 2」

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
⇒ Amazonにて好評発売中。
https://www.amazon.co.jp/dp/4815014124?tag=myisbn-22

梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

空港からの帰り道、車は中心街に入り二週間前と同じ信号で止まった。
一度、止まるとバンコクではなかなか信号が変わらない。
長い時は十分もかかることがある。
俺は幼い兄妹から小さな白い花輪をここで買ったのを思い出した。
信号の近くに幼い兄妹はいなかった。その代わり、
信号の近くの路肩に小さな白い花と線香がおいてあった。
・・・・・・ここで事故があったのだろうか。
佐々木の言った言葉を思い出し、いやな予感がして運転手のプラモートに
小さな白い花輪と線香のある路肩に車を寄せさせた。
プラモートに命じて近くで同じ小さな花輪を売っている男の子に
幼い兄妹のことを聞いてもらった。
プラモートは車に戻り、前を見たまま英語を交えながらゆっくりと話し始めた。
「昨晩、交通事故で幼い兄妹の兄が死んだようです。幼い兄妹はグリーンの
ボルボに近づいて行って転び、兄が近くを通過したバイクに跳ねられたそうです。
妹は軽傷で近くの病院で手当てを受けているそうです」
・・・・・・車にあの子を近づけたのは、俺なのだろうか。
かわいい妹を残してどうするのだよ。大きくなって
同じことができなくなっちゃったじゃあないか・・・・・・
胸の奥でやるせない悲しみがゆっくりと広がっていった。
「プラモート、妹がどこの病院にいるか聞いてこいよ」
「了解です」

事故現場から500メートル程離れた場所に総合病院がある。
おそらくそこに運ばれたのだろうということだった。
俺とプラモートは、その病院に向かった。
病院の受付で昨日事故にあった子供のことを聞くとすぐにわかり、
担当の医者に案内された。医者は、30代の前半くらいだろうか童顔で目がやさしい。
その医者はいきなり日本語で話した。
「ご家族じゃあないですよね」
この病院の医者は日本の医大卒が多く、日本語がしゃべれる医者が多い。
俺は、その医者の質問にうまい答えが見つからず、
「えーと、関係者です」と適当に答えた。
「まあ、いいでしょう。家族が迎えに来ないので困っていました」
医者の説明によると兄妹は同じ病院に搬入されたが病院に着いた時、
兄はすでに手遅れだったそうだ。
「男の子は、バイクに跳ねられた上、後続の車に轢かれたようです。
兄は妹のことが心配だったのでしょう。妹の手を握り、
一生懸命に最後の言葉を話していました。残念ながら内臓破裂で
何も処置できませんでした。
間もなく男の子は息を引き取りましたが、女の子は足に擦り傷の軽傷です。
患者の身請けと死体引き取りの2通の書類にサインをお願いします」
その書類は、タイ語で書かれている。
なんだかよくわからなかったが医者の笑顔に押されてサインをした。
「支払いは?」
「事故現場に居合わせた人でしょう。
子供を車に乗せて連れて来た女性が支払いを済ましています」
看護婦が新しい白い運動靴を履いた女の子と日本人らしい若い女性を連れて来た。
 「日本の方ですか」
「はい、佐藤彩夏と言います。たまたま事故に居合わせて、
私が二人を病院まで運びました。タイの病院では救急でも医療費が
払えない患者は診てもらえないので」
「男の子のほうは・・・・・・・」
「亡くなりました」
「・・・・・・仕事はなにを」
彩夏が名刺を出し、
「フリーのジャーナリストをしています」
俺も名刺を慌てて出して、
「不動産の仲介業務をしています。木村讓といいます。
タイには来たばかりで。彩夏さん、タイ語は?」
「タイ語学校に行っていました」  
俺は、しゃがんで、女の子と目線を合わせた。
女の子は、俺の顔を覚えていて、巻かれた包帯の下の白い新しい靴を指差し、
「コックン、カー」(ありがとう)と微笑む。
彩夏がタイ語を通訳してくれた。
「チュウ アライ カー?」(お名前は?)
「プン(蜜蜂) カー」(プンだよ)
「バーン、ユー ティーナイ カー」(家 どこ?)
「クロントゥーイ  クライクライ ニー カー」(この近くのクロントイ)
「ポー メー ユー ティ クロントゥーイ ロー?」(ご両親はクロントイに?)
「ポー ダイ レーオ」(おとうさんは死んだ)

俺は、看護婦に「家族が男の子を引き取りに来る」と彩夏に伝えてもらい、
急いで病院を出た。
プンは、木村に手を引かれながら微笑んでいる。
木村にとって懐かしい手の温もりだ。
(・・・・・・お兄ちゃんが死んだことを知っているのだろうか)
俺たちはすぐそこのクロントイのスラム街に向かった。

赴任前に読んだクロントイのスラム街についての資料を思い出した。
クロントイのスラム街は、タイ王国に千以上はあるスラム街の中では
最大規模だそうだ。
80年くらい前に現金収入のためバンコクに出稼ぎにきた農村の人々が、
貨物船からの積荷運びなどの港湾局の仕事をするようになり、
勝手に港湾局の国有地に住み始めたものらしい。

プンはトタン屋根に廃材を使ったバラック小屋が密集しているスラム街の中を
俺の手を引っ張るようにして進んで行った。
プラモートは彩夏の背後で周りを用心しながらついて来た。
プンは、時折振り返り、みんなの顔を見て、はにかむように微笑む。
スラム内は野良犬や野良猫も多数いた。ごみと糞尿が混ざりあった
独特のにおいが鼻をさす。
そこは、うんざりするような退廃が澱み、実に重い空気だ。
外からのぞくとバラック小屋の中では、タイでは禁止されているトランプでの賭けを
しているのだろう。紙幣と嬌声が飛び交っている。通りには屋台があり、
グワイッティヤオ(米粉で作った麺)やタバコをバラで(1本単位)で売っている。
道路の端にしゃがみこんでうまそうにタバコを吸っている老人とそのそばで
平然とシンナーを吸っている若者達がいた。
スラム街の中に公立学校がある。この学校は、スラムの子供達への
教育支援活動を評価され、アジアのノーベル賞と言われるマグサイサイ賞を
受賞したプラティーブ女氏が始めた一バーツ塾が後に公立学校となったものだそうだ。
プラティーブ女氏は、このスラム街で育ち、プンのように六歳から路上で
もの売りをしていたそうだ。彼女は、学校に行きたいと向学心に燃え夜間中学・高校を出た。
そしてみんなが貧困から抜け出すためには教育が必要と目覚め、夜間は師範学校に通い、 昼は貧しい子や出生証明がなく公立学校に行けない子のためにスラム街に
1日1バーツで読み書きを教える塾を開設したそうだ。
彩夏が、
「第二次大戦後、国連は3万6千人の日本兵捕虜を解放した際に
このクロントイで待機させ帰国させました。
ここのスラム街のタイ人は戦争に敗れ心の支えを失っていた日本兵に
果物や食料を親切に分けてくれたそうです」  
「そうなんですか」 「それじゃあ、東日本大震災があった時、ここのスラムの人たちが、
募金をしてくれたのは知っていますか」
「いや」
「阪神淡路大震災の時も、日本から奨学金を受けていたここの子供たちが
率先して募金箱を手に路地を回って集めたのです。スラムの子供たちも、
わずかな小遣いから1バーツ、2バーツって寄付してくれて」
「知らなかった」
 「日本人のほとんどはしらないでしょうね」
(・・・・・・この貧しいスラム街の人たちは、
決して楽ではない暮らしから被災者に寄付をしたわけだ。
貧困の中でも人を思いやる心が子供達にも芽生えている。
俺たち日本人は、何かとても大切なものを豊かさの代償で
忘れ去っていないだろうか)  

スラム街の学校からさほど離れていないところにプンの家があった。
家の鉄格子シャッターの向こうに老人と婦人がいるのが見えた。
プンが声をかけ、俺たちは部屋に招き入れられた。
その一部屋で寝起きから食事などの全ての生活が営われているのだろう。
寝具から生活用品まで置かれている。  
プンは、
「助けてくれたお姉さん、靴を買ってくれたおじさん」と俺たちを紹介した。
「ありがとう。プンの婆ちゃんのスカンヤです。
これは、父みたいなナカジマです。日本人です」
スカンヤはたどたどしい日本語でお礼を言い、老人を紹介した。
「日本人なのですか」
俺の質問にその老人は、黙って頷いた。
彩夏がタイ語を混ぜながら一部始終を説明すると、
スカンヤは声を出して泣き始めた。
老人は、下を向き、煙草に火を点けた。。

スカンヤは気を取り戻し、30分ほど外出した。
近くの寺に行ってきたようだ。
「明日、ここの寺で朝、葬式します。
みんな、来てください。死んだカイも喜ぶ」
彩夏が、
「プンちゃん、わたしたち、明日、来るね」と、
葬儀に出る約束をして家をでた。

「出会いって神秘的なものなのよ。偶然の出会いなんてこの世にはないの。
出会いは約束された魂の再会なの」
(死んだお袋は、いつもそんなことを言っていた。
俺とプンとの出会いもそうなのだろうか)
俺は、うしろ髪を引かれながら事務所に向かった。



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第三話 「第1章 スラム街の少女プン」

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
⇒ Amazonにて好評発売中。
https://www.amazon.co.jp/dp/4815014124?tag=myisbn-22

梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

第1章 スラム街の少女プン

目覚ましが鳴っているような。おっと、もう9時か。急げ、ちっ、初日から遅刻だ・・・・・・
寝たのが深夜の1時。日本時間の3時だった。
昨夜、寝付けなかったので、ウイスキーのポケット瓶を
ラッパ飲みしたのがまだ効いている。
急いで顔を洗い、事務所へ。
宿泊先のホテルからの初出勤だ。
事務所は、ワールドトレードセンター、伊勢丹デパートなどがある
バンコクビジネス街の中心から徒歩五分圏内のラチャダムリー通りにある。
事務所は、建物の七階で会議室と事務室の二部屋を借りていている。
急いでドアを開け、軽く
「皆さん、おはよ」
「木村さんですね。おはようございます。秘書のアップンです」
ちらっと10時前を指している時計を見、流暢な返事が返ってきた。
現地採用の秘書で、通称名アップン。
タイ人は、老若男女を問わず通称名を持っている。
これで一生呼び合うそうだ。通称名は、だいたい食物、動物、昆虫、
植物の名前がついている。
赤ちゃんの時に悪い霊からさらわれないようにそんな名前をつけるそうだ。
アップンはりんごと言う意味で、日本語と英語が堪能。
名門タニサート大学を2年飛び級で卒業した才女だ。
佐々木から聞いたところ、辞書を見ないで憂鬱と漢字で書けるそうだ。
(俺は、ゆううつのゆうも書けない)
彼女は、勤続8年でこれまで2人の駐在員に仕えた、
というよりかは駐在員の面倒をみてきた。
アップンは童顔で顔の造作がすべて小ぶりで、
きりっとした顔立ちをしているちょい美人だ。
ショートカットがよく似合う。
アップンの他に2人のタイ人の女性従業員がいて、ちょっとした日本語はわかる。
 「木村です。よろしくお願いします」

職員の前で挨拶をし、アップンから指示された窓際のデスクに座った。
「佐々木は?」
アップンがデスクの前に来て
 「佐々木さんは、帰任の準備で昼間は出社しないそうです。
夕方、来られるそうです。
今日は、午後から物件の案内がありますので、私がご一緒いたします。
それまで、こちらの資料をご覧になっていて下さい」
佐々木が書いた薄っぺらな資料をみていると、目の前の電話が鳴り、
ついとってしまった。
しばらく聞いて、秘書のアップンに代わってもらった。
「タイ語だ、アップン代わってくれ」
アップンは、しばらく流暢な発音で受け答えをして、
「所長、今の内容は工業団地の分譲セールスの面談申し込みでしたので、
断っておきました。それと、今の電話は・・・・・・タイ語ではなく英語でした」
「アジアンイングリッシュは発音が違うな」
と、笑って言ったのに、 「アメリカ人のキャサリンって言っていましたよ」とすかさずアップンに言われた。
午後、アップンに連れられ、日本人の老夫婦の物件の案内をした。
アップンは流暢な日本語で、
「タイは基本的な生活費がとても安い国です。日本の1/3から1/5で
充分に快適な生活を送ることができます」  
俺は、一言も発することができず、老夫婦と一緒にアップンの説明を聞いた。
「この物件でしたら、近くにデパート、大型スーパーマーケット、
コンビニもありますし、日本の方も多く住んでいます。
日本語対応可能な総合病院もありますし、もし、介護が必要になった場合でも、
すぐに介護スタッフを見つけることができます。
老後を暮らすにはとても快適な場所ですよ」
案内が終わって、俺は車内で
「老夫婦も好感触だったし、やっぱり憂鬱を漢字で書ける
女は違うね」
「薔薇も書けます」

来タイして一週間後、ホテルから高級デパートがある
スクンビット24通りのサービスアパートに移った。
サービスアパートは、部屋の清掃とベッドのシーツは取り替える。
スクンビット通りは別名コンファラン(外人) 通りとも呼ばれ、
白人などの外人も多く住み、高級アパートが立ち並ぶ。
スクンビット道路に交差している通りをソイと言い、
中心街に向かって右側が奇数、左側が偶数の番号が付けられていて100以上ある。
スクンビット通りに四季はない。
暑い、暑い、もっと暑い、すごく暑いだけである。
渋滞で込み合ったスクンビット道路の風景は、一年を通じて共通で、
夜ともなると、中心街に近いスクンビット道路の両サイドには
ギッシリと夜店と屋台が並ぶ。
ソイにはカラオケバー、ストリップバー、ゴーゴーバーの赤やピンクの
色鮮やかなネオンが点き、なまめかしい色が目に入る。

佐々木から日中の仕事の引継ぎは、ほとんどなかった。
アップンが業務のほとんどをこなしているからだ。
が、この1週間の夜の引継ぎは超ハードであった。
バンコクの商業・ビジネス街の中心のシーロム通りとスリオン通りを
つないでいる200メートルほどの通りがある。
その名をタニヤ通りという。
そこは、在タイ日本人の中では知らない人はいない日本人向けの歓楽街で、
一帯には会員制高級クラブから大衆カラオケ屋まで100以上はある。
ここに勤める女性ホステスとやがては帰国する日本人駐在員の間で
いくつもの疑似恋愛が生まれるそうだ。

佐々木は引継期間、毎晩2~3軒このタニヤ通りの店に俺を案内した。
接待用に10軒以上の店に自分のキープボトルを入れていて、
昼間の佐々木からは想像もできない熱心な仕事ぶりだ。
俺もまた、引継手帳にこまめに店の名前、店の特徴、
かわいいホステスの名札番号を書きとめ、
昼間の引継ぎよりも熱心にこなした。
タニヤに勤めるホステスの女の子は、基本的には連れ出し、
すなわちホテルへのお持ち帰りができる。女の子は番号が書かれている
赤や青や黄色の名札をつけていて赤は宿泊が可能、青はショートタイムが可能、
黄色は一緒に飲むだけという具合に名札の色で
お持ち帰りが可能か不可能かわかる店が多い。

1週間の引継ぎ期間は長いようで短い。ビジネスの引継ぎの他に、
病院、銀行、郵便局、デパートなどの生活周りの案内などで
引継ぎ期間はあっという間に過ぎた。
俺が待ちに待った佐々木を空港まで送る日が来た。
・・・・・・こいつを送り出したら自由だ。
送り出したら空港のラウンジでお祝いにビ-ルでも飲むか・・・・・・
木村は佐々木に悟られないように神妙な顔つきの奥で思った。
イミグレーションに向かう佐々木と俺は堅い握手を交わした。
「木村、タニヤの女にはまるなよ」
「ありがとう。でもそういうことは人を見て言えよ」
「だから言ったのだよ」
「じゃあな、あほ」
「おー、元気でな。ボケ」
空港で人を送り出すのは、駐在員の大切な仕事のひとつ。
一人残された駐在員はちょっとした達成感とわずかな淋しさが残る
はずだが・・・・・・残らなかった。



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第ニ話 プロローグ2

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
⇒ Amazonにて好評発売中。
https://www.amazon.co.jp/dp/4815014124?tag=myisbn-22

梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

学生の夏休み前のせいかイミグレーションはすいていた。
イミグレーションを通って直ぐ前のエレベーターを降りると
機内に預けた荷物を受け取るターンテーブルが幾つも並んでいる。
大きめの黒のスーツケースは、日本の機名が表示されている
ターンテーブルをすでに回っていた。
スーツケースには当面、必要なシャツや下着などが入っていて
本格的な生活に必要なものは後から船便でアパートに着くことになっている。

空港の出口に向かう途中に銀行の両替所が並んでいる。
木村は、綺麗な子のいる両替所を選び、100万円の束が入った封筒を
無造作にスーツの内ポケットから出し、手だけが入る半円の窓から札束を
ガラスの向こうの若い女性に差し出した。
女性の大きな目がさらに大きく見開かれた。百万円はタイ通貨のバーツで
約33万バーツになる(当時1バーツ=約3円)。最高紙幣の千バーツ札で
330枚の札束になる。両替所で働く女性の1か月の給料は1万バーツ前後。
自分の給料の何十倍もの金を無造作に受け取る男に女性は微笑んだ。
「ビーケアフル」(注意してね)
「コックンクラップ」(ありがとう)
日本で90時間、タイ語を学習していて簡単なタイ語は話せる。
木村が初めて使ったタイ語だ。三十枚ほどの千バーツ紙幣をポケットに
入れておいたお気に入りのマネークリップにはさみ、残りをスーツケースに押し込んだ。
両替所から30メーターほど右手に歩くと空港の出迎えスポットがあった。
そこには木村と交代で1週間後に日本に帰る前任者が待っていた。
「木村待っていたぞ」
「すまんな、しかしお前真っ黒だな。ゴルフばっかりやっていたのじゃあないのか?」

同期入社で前任者の佐々木は、一緒にいたタイ人の運転手に
俺の荷物を持てとあごで命じた。
運転手は重いスーツケースを軽々と持ち、先頭に立って歩きはじめた。
タイ人にしては身体が大きく俺よりやや身長が高い。
ガッチリした身体をしている。浅黒い顔でまぶたに数カ所切れた跡があり
目が鋭くやけに精悍そうだ。
(こいつと喧嘩したら手強そうだな・・・・・・)
先にたって歩く運転手の背筋を見て思った。

車は空港の地下の駐車場に停めてあり、グリーンのスウェーデン車のボルボだ。
「この車が、おまえが駐在中に使える車。運転手はムエタイの
ヘビー級元チャンピオンのプラモート。
元軍人で射撃はかなりの腕前、運転席の下には軍払い下げの
銃がおいてあるよ。運転手兼用心棒ってわけさ」
佐々木は得意そうに説明した。
車内に乗り込むと、佐々木がぶっきらぼうに、
「高速道路を使えば、およそ40分で市内に着く、何か質問は」
「去年の軍事クーデターの後、バンコクはどうなのだ」
「大多数はデモがなくなって喜んでいるよ。軍事政権になったけど、
赤と黄色が揉めていた時よりは、ましだって。
デモ中は道路を封鎖したりして、日常生活にも支障をきたしていたから」
「赤シャツと黄色シャツか。日本でもニュースでやっていたよ」
「2006年にタクシン元首相の資産虚偽申告とか職権乱用とかを
契機に軍がクーデターを起こして、タクシンはロンドンに亡命した。
それ以降、ずっと赤シャツのタクシン派と黄色の反タクシン派で争っている。
単純に言えば、
赤の東北部出身の貧しい農家と黄色の都市部の富裕層の争い。
タクシンは、東北地方の貧しい農家のために30バーツ医療制度、
一村一品運動、公共投資をして、絶大な支持を得たから選挙をすれば、
赤シャツが勝つ。それに対抗して、黄色がデモを起こす。
軍部や司法もどちらかと言うと黄色指示だから、選挙を無効にしたりして、
今度は赤シャツがデモをする。その繰り返しだよ」
「タクシンの妹のインラックは、首相としてどうだったのだ?」
「よく頑張っていたと思うけど、一昨年、人気低迷下を機に
黄色がデモを始めてさ。黄色はクーデターで政権を握ることはできても、
選挙をすればどうせ負ける。終わりがないので、デモを続けるしかない。
どうにもならなくて、それで、去年の軍事クーデターが起きたってわけ」
「景気はいいのだろ」
「クーデターで政治の不確実性が取り除かれたし、
日本企業もまだまだこれから進出してくる」
「不動産投資も増えるな」
「タイの不動産は日本より、ずっと安いのに、日本よりも高く貸せる。
バンコクの中心地なら、10万バーツ、日本円で30万円近くの家賃。
こんな家賃でもすぐに借り手がみつかる。
老後をタイで暮らそうとする日本人も増えているしな」
「夜遊びする時間もないか」
「いや、それは大丈夫。寝なきゃいい。楽しいぞ、バンコクの夜は」

車はバンコクの中心街に入っていった。
大都市バンコクは、高級ホテルやショッピング・センター等の
近代的な建物が立ち並ぶ。その中に華麗さと荘厳さを漂わす
王宮と多数の寺院がある。
市内は、コンビニエンスストアーと屋台、高級デパートと
露天市場が混在して、活気に溢れ、混然とした魅惑的な様相を呈している。
車が赤信号で止まった。
すると十歳くらいの裸足の男の子が七歳くらいのこれまた
裸足の妹の手を引いて車の窓をたたいた。
汚れた白シャツに半ズボンの男の子は、小さな白い花輪をいくつも持っている。
やせた男の子の希望のない目と目が合った
男の子は、持っている花輪をかかげて見せた。
妹は首元がよれたピンクのティシャツに赤いスカートを着ていて、
スカートから伸びた脚がやけに細い。
その子は輝く黒い大きな瞳と小さめだが形の良い鼻、
ふっくらとした唇は西洋人形のような愛らしい顔立ちをしている。
俺に微笑みかけたその手には白いゴム製のボールが握られていた。
窓を開けて男の子から小さな白い花輪をひとつもらい、
マネークリップから紙幣を一枚出して男の子の手に握らせた。
男の子は紙幣を見てびっくりして何か言おうとしたが、
先に佐々木に通訳させた。
「妹とお前の靴を買いな。お前も大きくなったら同じようなことを
誰かにしてやりな、それでおあいこだ。
それと妹の手はしっかり握っていろよ」
妹は首をかしげ懐かしそうに木村の目を大きな瞳で見つめ、
男の子は目を輝かせ力強く「うん」と大きく頷いた。
俺は熱いものが胸に込みあがる前に急いでウィンドウーを上げた。

「千バーツやるなんてお前はアホか。相場は10バーツか20バーツだよ。
道路でわずかな金が稼げるから貧しい子供達が道路で働く。
そして、ここでは子供達の傷ましい交通事故が絶えない」
「わかった、わかった」
「木村、俺の注意をよく聞かないとタイで苦労するぞ」
・・・・・・まあ一週間後には頼もしくもあり、
うっとうしくもある前任者とは、さらばだ。
ボルボの革張りのシートに深く身体を沈ませ、
目をつぶる俺の脳裏に忘れられないあのシーンが蘇る。

仙台の西の空は、茜色に染まり、物悲しい夕空だった。
右手は親父の好きな豆腐の入ったスーパーの袋、左手は、
みゆきの小さな手を握っていた。
小さな手の感触が今でも残っている気がしてならない。
俺は、沈む夕日を見ながら、妹と一緒に唄って歩いていた。
ぎん ぎん ぎら ぎら
夕日が沈む・・・・・・
その時、お気に入りの白いゴム製のボールがみゆきの片方の手から
外れて車道に転がって行った。 するっと俺の手から小さなみゆきの手が抜けた。
車道に出た白いボールをみゆきは追った。
そこは見通しの悪いカーブの車道だった・・・・・・。



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ



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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第一話 プロローグ

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
⇒ Amazonにて好評発売中。
https://www.amazon.co.jp/dp/4815014124?tag=myisbn-22

梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

プロローグ

飛行機はタイ王国の国際空港に夜の11時に着陸した。
タラップに立つと、熱帯のムッとする空気に全身が包まれた。
「熱いなぁ・・・・・・」
初めて来たこの国で最初に発した、まったく感動的でない言葉だ。
タラップを降り、5分くらいバスに乗り、空港施設に到着した。
ちょいと、ネクタイを緩め、空港施設内を他の乗客の流れに 乗ってイミグレーションに向かった。
イミグレーションに向かう途中で見つけた喫煙室に迷わず入る。
機内で煙草を我慢していた連中の煙で、中はもうもうとして、
みんな、他人の煙草の煙も一緒に吸っているようだ。
ラークを取り出し愛用のジッポーで火を点ける。
煙草に火を点ける時はオイルライターと決めている。
ライターの蓋を開けた時のカチンという音、オイルのボッと燃える 臭いが百円ライターと違っていい。

木村譲、33歳。ちょっとしたことに僅かな喜びを感じる能天気な男だ。
煙を吐き出し、苦手な飛行機と不気味な男から解放され、
切れ長の眼に安堵が広がる。顔立ちはやさしい印象だが
良く見ると唇の上、額に傷がある。
彼は飛行機がかなり苦手だ。  
成田を出て直ぐに飛行機は台風の影響でかなり揺れ、  
機体がジェットコースターの様に一瞬急下降した時、
木村は「ギャー」と声高の悲鳴をあげ、隣の見ず知らずの
白人の手を握ってしまった。
すぐに手を離したが、その白人から恋人を見るような目で見つめられ、
手を握り返された。 思わず殴ってやろうかと思った木村だが、
プロレスラーのような太い腕を見て「ノー ノー ノー オカマ」
と手を振ってニコッと笑った。

(微笑みの国タイか、いよいよタイの駐在員生活の始まりだな・・・・・・)
煙草を吸いながら、会社の仲間が開いてくれた壮行会を思いだした。
バンコクに駐在経験のある先輩が酔って、
「タイの国際空港は涙の国際空港と言われているのを知っとるか木村。
いろんなことが空港では起こり、いろんな涙があの床に落ちている。
こんなことがあったそうだ。
三年程、住んでいた独身の駐在員が帰国する時に、タイのカラオケクラブに
勤めていた恋人が一緒に送ってきたそうだ。出発の時間が近づき、
男が最後の別れを告げ、イミグレーションに向かおうとしたら、
「彼女がちょっとパスポートを見せて」って言ったそうだ。
パスポートを手にしてどうしたと思う。
鞄に隠してあった鋏を取り出して「帰らないで」ってパスポートを
泣きながら切り出したそうだ。
その男、パスポートを八つ裂きにされて帰国が二週間、遅れたってさ」
「その男って・・・・・・先輩のことじゃあないですか。
先輩の帰国が遅れたって誰か言っていましたよ」
すかさず言ったが、昔から都合の悪いことは無視する先輩は笑いながら続けた。
「帰国する時に付き合っていたタイの女の子には一年につき、
10万バーツの手切れ金を渡していくのが常識だ。お前よく覚えておけよ。
ある男が手切れ金を渡さず女に内緒で帰国しようとしたそうだ。
女は店に飲みに来た駐在員仲間からその男の帰国情報を聞いたらしく、
空港で女はその男を待伏せし、なんと背中を刺したそうだ。恐いだろう。
まあ、たいていは、空港には帰国する日本人駐在員と
その家族を送るために集まった人達の輪がある。
そして、柱の影にはその輪に入れないタイ人の恋人がいる。
そっと送る彼女の目から幾筋の涙が頬に伝わる。
というわけで涙の国際空港ってとこだ」
「先輩、柄にもなく、きれいにまとめましたね、気をつけますよ」
「それにしてもおまえをタイの駐在員にするなんて
虎を野に放つようなものだよな。うちの人事は何もわかっていないよな」
「確かにうちの人事はわかっていないですね。
先輩もタイの駐在にしたことだし」

先輩の話を思い出しながら、煙草を消してイミグレーションに向かった。

数年後、帰国する時の空港が涙の大合唱になるとは
今は知る由もない木村である。



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
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【 泰田 ゆうじ 】
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
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