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改訂版 新・スラム街の少女 ―灼熱の思いは野に消えて― 第二十二話 「第9章 悪魔の日曜日 」

女剣士小夏-ポルポト財宝の略奪
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梗概

カンボジアから日本に留学中の少女サヤは、ポルポト軍クメールルージュの 残党に突然襲われた。サヤが持つペンダントには、ポルポトから略奪した 数百億の財宝のありかが記されているからだ。絶体絶命の危機を救ったのは、 偶然に居合わせた女剣士の小夏(こなつ)だった。

ポルポトの財宝を略奪するため、小夏はカンボジアに渡る。 幼い頃の記憶を失っている小夏にとって、記憶を取り戻していく旅となった。 ほんのちょっと前にカンボジアで起こった20世紀最大の蛮行。 ポルポトは全国民の1/3にあたる200万人以上を殺害し、 それまでの社会基盤を破壊した。教育はいらない。ポルポトはインテリから 粛清を始めた。

メガネをかけている、英語が喋れるだけで最初に粛清された。 破壊された教育基盤を立て直すため、サヤはカンボジアのかすかな希望の光だ。 カンボジアの子供たちが日本のように誰でも教育をうけられるようにするため、 日本に送られたサヤ。 小夏、サヤは立ちはだかる悪魔の集団を打ち破り、 ポルポトの財宝を奪えるのだろうか。 その鍵を握っていたのは、カンボジア擁護施設を立ち上げた関根であった。

愛は国境を越えてやってきた。
不思議な力を持つスラム街の少女プンとともに、
日本人駐在員は愛と友情をかけて、
マフィアと闘う。
女剣士・小夏 ―ポルポト財団の略奪―

第9章 悪夢の日曜日

土曜日の晩、いつものようにセプテンバークラブに顔を出し、カウンターでニンと一緒に水割りを飲んだ。流れている曲は、ジャズのスタンダードナンバーのテイク・ファイブ。
肩の力が抜けるこんな時間、心は今と昔を交互にさ迷い始める。
誰でも辛かったことはある。拳を強く握りしめ目を閉じた。
仙台の西の空は、茜色に染まっていた。右手は親父の好きな豆腐の入ったスーパーの袋、左手はみゆきの小さな手が俺の手を握っていた。
小さな手の感触がまだ残っている気がしてならない。手を繋いで妹と一緒に唄って歩いていた。
その時、お気に入りの白いゴムまりが、みゆきのもう片方の手から外れて車道に転がって行った。するっと俺の手からみゆきの手が抜け、白いゴムまりを追った。そこは見通しの悪いカーブの車道だった。みゆきの小さな身体がスローモーションのように宙を舞った・・・・・・。
(俺がみゆきの手をもっとしっかり握っていれば・・・・・・)
宙に舞うみゆきを呆然と見ながら、腰から力が抜け、しゃがみ込んでしまった。

ニンが心配そうに俺の手を握り、過去から引き戻された。
水割りを飲みながらニンにカーオのアパートでの件を話した。
カーオの話を聞いたニンは独特の勘で危険を察知した。
ニンの思いとは別に俺は思い出したように言った。
「明日、ニンちゃんはホアヒンに行くでしょう。プンちゃんを遊園地に連れて行こうかなと思っているんだ。それで、二人じゃあ楽しくないから知っている女の子と一緒に行ってくるね」
「ふーん。カーオは何を企んでいるかわからないけど、メモは完全にカモフラージュだわ。気をつけてね」
ニンはしばらく黙りこみ、考え込んだ。

翌日の日曜日は快晴で行楽日和だった。
自分で運転してクロントイのスラム街に向かった。プンを迎えに行くと、珍しくプンは家の前に立っていない。家に入るとマイにプンがだだをこねている。
「どうしたの?」プンに聞くとマイがプンの代わりに答えた。
「プンが遊園地に行きたくないって言っているの。ねっ」
マイは言うことを聞かないプンの告げ口をするかのように笑って言った。
「えー、プンちゃんどうしたの?」
「夢にお兄ちゃんが出てきて、遊園地に行っちゃだめって言ったの」
分かってもらおうとプンは必死に言ったのだが、
「大丈夫だよ。プンちゃん、遊園地で雪を見よう。学校の教科書にも載っているだろう。雪だよ、雪。冷たくて気持ちいいよ、学校で自慢できるよ」
「雪に触れるの?」
「もちろん」
「じゃあ行く。雪を見てすぐに帰ればいいよね」
プンは雪が見たくなって急に元気になった。
「お弁当を忘れないで持って行きなさい」
マイは元気になったプンに微笑みながら言った。

プンを乗せてタニヤ通りの待ち合わせの場所に行くとプラーが待っていた。 プラーとプンを後部座席に乗せ、遊園地に向かった。 直ぐに二人はこれから行く遊園地の話しで仲良くなった。
(プラーは時折、何故か憂鬱そうな顔をしている。いつもと違うな・・・・・・)プラーをバックミラー越しに見て、
「プラーちゃん、どうしたの?何か浮かない顔しているよ」
「実は・・・・・・何でもない」
プラーは途中まで言いかけてためらった。
「そうか何でもないならいいか、今日はプンちゃんに雪を見せてあげようね」
「うん」プンが元気良く答えた。
バンコクの日曜日は渋滞がない、シーロムから高速に乗って50分もかからずに空港からさほど離れていないランシットの遊園地に着いた。
プラーは先に車から降りると、
「タイ人の大人2枚と子供1枚でいいね、切符買ってくるね」
プラーは俺からお金をもらうと、運転してきた車のそばに停まっている黒のワンボックスカーをチラッと見て走って行った。
遊園地の中に入るとプンが嬉しそうに、
「ねえ、ねえ、先に乗り物に乗りたい。ジェットコースターにプンは乗ったことがないの。学校で乗ったことがないのはクラスでプンとアイとヌーだけなんだ」
「よーし。まず、ジェットコースターだ」
ジェットコースターの一番前に俺とプンが乗った。ジェットコースターが急降下をはじめると、あらん限りの声を出してギャーギャーわめいた。
プラーはジェットコースターが苦手だと言い、乗らず待っていた。二人がジェットコースターに乗ると、プラーは携帯を取り出した。
「あと、5分で行くわ」それだけをいうと電話を切った。
ジェットコースターがよほど楽しかったのだろう。プンはすっかり上機嫌になって、
「次はお馬に乗ろう」とメリーゴーランドを指さした。
「プンちゃん、おねえさん、トイレに行きたくなっちゃった。一緒につきあってくれる?」
「いいよ」プンはプラーの手を握った。 二人は手をつないでトイレに向かった。
女子トイレ前の清掃中の看板を清掃員がはずしてくれた。
俺は、トイレの近くのベンチに座って2人が出てくるのを待った。煙草を取り出して愛用のジッポーで火を点ける。
(プンちゃんを連れてきて良かった、嬉しそうじゃないか。やっぱり子供だな・・・・・・)
ジェットコースターでのプンの輝いた笑顔を思い出した。

煙草を吸い終わったがまだ二人は女子トイレから出て来ない。十分経っても出て来なかった。3本目の煙草を消した。
(なんかおかしいな・・・・・・)
女子トイレの入口に行って、大きな声を出した。
「プンちゃーん」何の返事もない。
「プラーちゃーん」今度も返事がない。
意を決して、女子トイレに入るが誰もいない。
トイレのひとつひとつを開けて見たが誰もいない。
女子トイレから出てきて周りを見回したがプンもプラーも見当たらない。
「どうなっちゃったんだ」  



泰田ゆうじ プロフィール
元タイ王国駐在員
著作 スラム街の少女 等
東京都新宿区生まれ




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