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私と柔道、そしてフランス… - 第七十四話 ロレアルの“機を見るに敏” -

【安 本 總 一】
早大柔道部OB
フランス在住
私と柔道、そしてフランス…
2020年7月22日

- 第七十四話 ロレアルの“機を見るに敏” -

 ロレアルとコーセーとの関係改善を進めるため、コーセーコスメタリーの佐野常務をパリに案内していたときのことでした。アジア担当ディレクターから、改めてヴィリエ前専務の後任派遣は不可能であることを言い渡されました。その上、前専務が担当していた業務は私が引き継ぐよう、命ぜられました。

 東京で「しばらくは、誰も送れない!後をよろしく!」 とディレクターから言われたときから、すでに心の準備はできていました。

 ただ、当時、㈱ロレコスの人的体制はアルナル社長以下たったの3人。社長はコスメフランス㈱(注1)のマネージャーでもあり、それだけでも多忙な人。あとは、女性秘書、新製品開発部員(女性)と私で、3人とも日本人です。この体制では私に様々な仕事が覆いかぶさってくることは明らかでした。

 営業、マーケティング、総務、広報(業界紙対応など)、すべてを一挙に抱えこむ訳です。その上、アジア担当ディレクターへ毎月、仏語で業務報告、本社指定フォームによる年度末報告書や新年度計画書の提出などなど、多岐に亘りました。ただし、経理は外部の経理代行会社に依頼していました。

 幸い、ヴィリエ専務は、約1年半という短い期間でしたが、まるで、このような事態を予期していたかのように、私をアシスタントとしてよりも後継者としてのように、丁寧に指導してくれていました。お陰で、あわてることなく新たな出発点に立つことができたのです。

銀座オフィスにて
【銀座オフィスにて】

 前専務の重要任務の一つであった流通問題は、“雨降って地固まる”のことわざ通り、全国66の問屋の受け皿として設立された(株)コーセーコスメタリーが積極的に営業活動を展開し始めていて、良い方向に向かいつつありました。この時点では、当社の社員は僅か十数名でした。

 また、ヴィリエ専務が得意としていたマーケティング、とくに、新製品開発については、彼が手掛けた「エルセーヴ・バルサム・シャンプー/リンス」ラインが順調な売れ行きを見せ、これに1978年中に8品もの新製品を追加発売する準備ができていました。その中の日本独自で開発した強力ヘアトリートメント「ヘアパック」は大ヒットし、エルセーヴ・ラインの牽引役を務めることになります。また、これは一人歩きのできる商品にも成長します。

 ロレコスは、ヘアカラー(毛染め)の色味を増やすことにも力を入れていました。とくに、染めにくい白髪を“カラスの濡れ羽色”に染めるのではなく、濃いブラウン系、アッシュ系の色味を与える方向で開発を進めました。

 さて、マーケティングの重要な一要素である“広告宣伝”に関して、ロレアルとコーセーの考え方は、ロレコス設立時から明らかな相違がみられました。ロレアルは広告やプロモーションで消費者を自社製品に引っ張っていくことを追求し、コーセーは、流通機構に商品を押し込んで、商品が買われるチャンスを増やすことが先に立つ、との考え方です。

 また、広告代理店の扱い方でも正反対の立場にありました。ロレアルは、広告枠の仕入れ・買い付け、広告素材の制作、プロモーションなどを一貫して特定の広告代理店へ外注しており、コーセーは全て、あるいは大半を自社で行う、インハウス化を目指していました。

 そして、ロレアルは当時世界最大の広告代理店「マッキャン・エリクソン社」と国際契約を結んでおり、日本では自動的に博報堂との合弁会社「マッキャン・エリクソン博報堂」が使われました。

 実際、その営業マンが毎日、まるで社員のようにロレコス社に現れ、どんなに少額の注文でもひきうけて帰るのです。ヘアカラーの色味見本帳から商品のディスプレー台まで。さらに、マネージャーもしばしば訪れて貴重な相談相手になってくれました。

 第六十三話で紹介したように、研修初日に訪れた本社マーケティング部の部員の数の少なさを思い出しましたが、そうなのです、こうやって外部の協力によって少人数で効率よい結果を生んでいるのだとやっと納得しました。

 ロレコスのあの人的体制でなんとか仕事を続けられたのも、マッキャンの誠意ある対応によるところ大であり、今でも感謝しています。

 こうして、ロレアル関連事業(業務用製品部門・パブリック製品部門・ランコーム)が、すべてコーセーの元で成長していくのです。

 とくに、小林禮次郎専務が吐露したように、1979年には、群馬県伊勢崎にロレアル製品製造を中心にした近代的な工場が完成!

群馬工場
【群馬工場】

  そして、機は熟し、誰しもが“そろそろ、誰かが送られてくるだろう”と思うようになった1982年初頭、ロレアル・カナダの大物ディレクターが日本のロレアル・グループ(注2)の代表として赴任するとの報が入りました。

(注1)
コスメフランス㈱:業務用製品のマーケティング活動の推進を目的に設立された合弁会社(出資比率:ロレアル50% / コーセー50%)。

(注2)
ロレアル・グループ:㈱ロレコス/コスメフランス㈱/㈱ニコフランス(ロレアル50%/コーセー50%の合弁会社で、ランコームのマーケティング担当)

次回は<第七十五話 ロレアルの気になる動き>です。


筆者近影

【安 本 總 一】
現在




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