外交官 第1話 「なぜ、外交官に?」
東大柔道部OB
丸の内柔道倶楽部
第1話「なぜ、外交官に?」
前回書いたように、1961年から62年にかけた1年間、私は静岡高校からアメリカに留学した。留学先のアルブカーキーの町で精密機械工場を経営するローズさんの家がホストファミリーとなり、その家族の一員として生活させてもらった。
家族構成はお父さん、お母さん、サリーとベティの二人の姉と私より1歳下で同じ学校に通うビルの5名だった。夕食ではうまくない英語を使って家族と様々な話をしたが、だいぶ生活に慣れたある日、日本の高校時代に見学した広島の原爆記念館の印象が強かったこともあって、原爆がいかに非人道的な兵器かを話題にした。
いつも笑顔で話している家族の顔が急に緊張した。真っ先に、いつも元気のいいお母さんが顔を真っ赤に紅潮させて、「郷ちゃん(ニックネームとしてこう呼んでくれていた)、何を言うの!宣戦布告なしにあの卑怯な戦争を始めたのは日本でしょう!原爆はその戦争を早く終わらせて損害を少なくするためのものだったのよ!アメリカ人はけしてパール・ハーバーを忘れないのよ!」と大きな声でまくしたてるような勢いで言った。
アメリカでは歴史の授業で真珠湾攻撃についてこのように教えられていることは知っていたが、お母さんの凄まじいまでの反応にちょっとたじろいだ。
普段優しいお父さんも姉や弟たちも「そうだ、そうだ」という風に目を凝らしてじっと私の反応を待っている。何と答えたかは覚えていないが、多分「いや、原爆という兵器の残虐さを知ってもらいたかったので、、、」という趣旨をモゴモゴ述べて、また再反論を受けたような気がする。
この晩のことが心に残り、その後本を読んだりしながら自分なりにもっと戦争のことを考えるようになった。日本が戦争を始めた経緯、戦争の展開やその影響などが分かるにつれて、戦争がいかに甚大な惨禍や悲劇をもたらすものか、そして戦争の個々の過程で殆ど必然的に非人間的で非道徳的な残虐性を伴うことを深く心に刻むようになった。
無知や誤解や偏見で戦争は一層激化する。
「戦争は絶対避けなければならない」と考え、「戦争を避けるには当事国同士が最後まで平和的に交渉しなければならない」「そもそも誤解や偏見はなくさなければならない」「将来自分もそのために働きたい」と思い込むようになり、外交官を目指す気持ちがますます強くなった。
こうして、大学に入る前から将来の目標が明確に定まり、その気持ちが強かったお蔭で猛勉強した。
試験科目は憲法、国際法、経済原論、外交史などのほかに語学がある。筆記試験の出来が良かったか悪かったかはわからないが、面接試験ではちょっと「ヤバい」ことがあった。
面接では確か当時の斉藤さんという官房長が中心になって受験生に質問した。
私の履歴書の趣味欄を見て、官房長は「柔道をやる人には単細胞の人が多いが君はどうですか」と聞いた。
予想もしていなかった質問に、一瞬ウッと返事に窮した。
黙っていて答えないのも良くないと思い、何も考えず「はい、単細胞です」と答えてしまった。内心「アッまずかったかな」と思ったが後の祭りだ。
ともかく答え終わったことに一息つこうとしたら、「外交官になる人は単細胞では困るのではないか」と強烈な二の矢を放ってきた。いよいよピンチだと感じたが、なぜか咄嗟に「国の一大事の状況には単細胞が必要な時があるかも知れません」という答えが出て行ってしまった。
頭の回転が遅くていつも劣等感を感じている私が、意外と素早く反応したのに我ながら驚いた。
あとで考えると、おそらく軍部に引っ張られて戦争に入っていった日本の当時の状況で戦争反対を強く叫んで抵抗する勢力がなかったことに私が不満を持っていて、もしそのようなことが再度起こったら自分は身を賭して反対しようと決意したことを思い出した。
それが脳裏にあったのかもしれない。
しかし、面接後は「やはり、まずかったかな」「落ちたかもしれない」と悔やんだ。数日後発表があり、何とか首尾よく外交官試験に合格した。外務省は単細胞も採ってくれたのだ。
入省後35年を経た2003年、ブッシュ米大統領の主導でイラク戦争がはじまり、小泉首相は同盟国としてすぐこれを支持した。
私は当時大使としてカンボジアにいた。
イラク戦争は私のこの時の任務にかかわるものではないが、日本の外交上の重大な問題だと考えて、様々な理由を挙げて内部で公式に異論を唱えた。
政府の一員である私が首相が決めた政策に反対するのでクビになるかもしれないことも覚悟したが、このような重要な問題は内部で議論されておかしくないとも考えた。
結果的には、クビにはならず無視された形になったが、やっぱり俺は頑固で単細胞だと再認識した。
次回は、「外交官とは」という見地から、どんな仕事をするのかについて3回ぐらいに分けて具体例を挙げながらお話してみます。
アメリカの高校卒業記念ダンスパーティーでの私の相手
(手の握り方も分からずぎこちない)
【小川 郷太郎】 現在 |
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コメント
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