古武士(もののふ)

「古武士 (もののふ)第54話 家族の団欒」


「古武士(もののふ) 第54話 家族の団欒」

2015年2月27日



カラオケなどで歌を歌うとお腹が空くが、しゃべってもお腹が空きます。 オペラ歌手は体格の良い方が多いが、決して脂肪が声を出すわけでは無い。腹から声を出すとお腹が空く。 その勢いで沢山食べ、身体を動かさなければ当然体重が増える。

フランス料理を食べる時は会話に参加した方が良い。
「しゃべる人」と「聞く人」の構図は無い。
三人いると少なくとも二人はしゃべっている。

そして忘れてはいけないのは最後にチーズを食べる事。
日本人が三日三晩、昔ながらのフランス料理を食べるとダウンしてしまう。
お腹いっぱいでチーズまで胃がもたないのは分かるが、
消化を促すチーズを食べないと消化不良を起こしてしまう。
昔のフランス料理は消化しづらい物が多かった。まるで核融合だ。

道上は言う。
中国で労働者が行く料理屋は脂が重く、4~5時間お腹が空かない。
しかし金持ちが行く店ではレストランを出る時にはもうお腹が空いている。
中華料理は凄い、と。

中国に昔包丁と言う料理人がいて食肉動物の身体の構造に詳しく、
筋、筋肉は外し刃こぼれひとつなく刻んだため刀が長持ちした。 
その後彼に対する尊敬の念をもって”包丁”としてその名が伝わったと道上は話す。
中国の文化は凄いと。

その逸話は後にはこういった言い伝えまで聞こえてきた。
「庖」は調理場を意味する。「丁」は「園丁」や「馬丁」のように、
そこで働く男、つまり庖丁の原義は「料理人」のことである。

『荘子』の「養生主篇」に、魏の恵王の御前で、
ある庖丁(ホウテイ)が見事な刀捌きで牛一頭を素早く解体して見せ、
王を感銘させる記事がある。
彼の使用した料理刀を後に庖丁と称し、これが日本語読みで「ほうちょう」となった。
かつて「庖」が当用漢字外とされたため同音の「包」で代用することが多いが、 本来は「庖丁」。

家族がフランス到着後パリに住んでいた時に、
道上はある日マダガスカルからの帰り、飛行機を乗り継ぎ
マンゴーを持って帰ってきた。
自ら包丁で筋を切り食べさせてくれた。
道上曰く、これは秦の始皇帝すらも食べられなかった世界一美味しい果物だと言っていた。 昔は届く前に腐ってしまっていたからだ。
のち東南アジアで何度かマンゴーを食べたが、
あの時の味のマンゴーに出会ったことがない。

ボルドーの弟子(ロベールさん)に頼んで鶏を用意してパリに持ってきたことが何度かある。 日本とかパリのブロイラーとは似ても似つかない。
広大な土地を走り回っているせいか肉は少々固い。
ただよく噛んでもパサついた味にはならない。
決してつくられた脂身では無い、とうもろこしが主食の鶏だった。
口では上手く表現出来ないが噛めば噛むほど肉の味がした。

日本の鶏、あるいはパリの鶏の3倍の大きさは有ろうか。
それを道上は一人で一羽食べていた。その後一人でおじやを大皿で二杯。 我々家族三人では一羽を食べるのがやっとだった。

一度「それだけしか食べないのかと」言われた愚息がおじやのお代り(二皿目)をしたが消化不良をおこし苦しんだ。 こういった話が毎日聞こえてくる道上家では、道上以外は小食で通した。

道上が持って帰ってくるものの中には、ボルドー地方のセップ(ceps)、 日本で言えば松茸のようなものがあった。日本の松茸にはあまり味が無い。
セップは松茸のような繊細な香りは無いが味はすこぶる美味しい。
オリーブオイルで炒め塩だけで十分美味しい。
パリでのセップはボルドーのセップとは似ても似つかない。
ましてやイタリアのポルチーニとは全く違う。
パリのレストランではボルドーのセップと似ても似つかないものがステーキより高かった。 ボルドー地方のレストランでは地元の美味しいセップが食べ放題の所もあった。 食は地方にあり。

忘れてはいけないのがジャンボン・ド・バイヨーヌ(南西ピレネ近郊)の生ハム。
これもステーキよりも高い、イタリアの生ハムなんかよりも間違いなく美味しい。

大体世界のフランス系植民地は風光明媚で料理が美味しい。
一方イギリス系植民地は人間が暮らすのには必ずしも良い環境ばかりではなかった。
一概には言えないが、フランスとは逆に地下資源が豊富な所が多かった。

フランス料理はメディチ家によってもたらされたと、マンガのような事を言う日本人がいるが、 紀元前、今のフランスあたりに居住していたゴルワ人(ガリア人)達の暮らしは、
ローマ人が驚くほど食が豊富でまさにヨーロッパの中国だった。
貧しい中国人でも美味しい物を食べている姿を彷彿とさせる。
フランスは未だ世界有数の農業国であった。



【 道上 雄峰 】
幼年時代フランス・ボルドーで育つ。
当時日本のワインが余りにもコストパフォーマンスが悪く憤りを感じ、自身での輸入販売を開始。




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「古武士(もののふ) 第54話 家族の団欒」

2015年2月27日


カラオケなどで歌を歌うとお腹が空くが、しゃべってもお腹が空きます。

オペラ歌手は体格の良い方が多いが、決して脂肪が声を出すわけでは無い。腹から声を出すとお腹が空く。

その勢いで沢山食べ、身体を動かさなければ当然体重が増える。

フランス料理を食べる時は会話に参加した方が良い。

「しゃべる人」と「聞く人」の構図は無い。

三人いると少なくとも二人はしゃべっている。

そして忘れてはいけないのは最後にチーズを食べる事。

日本人が三日三晩、昔ながらのフランス料理を食べるとダウンしてしまう。

お腹いっぱいでチーズまで胃がもたないのは分かるが、消化を促すチーズを食べないと消化不良を起こしてしまう。

昔のフランス料理は消化しづらい物が多かった。まるで核融合だ。

道上は言う。

中国で労働者が行く料理屋は脂が重く、4~5時間お腹が空かない。

しかし金持ちが行く店ではレストランを出る時にはもうお腹が空いている。

中華料理は凄い、と。

中国に昔包丁と言う料理人がいて食肉動物の身体の構造に詳しく、筋、筋肉は外し刃こぼれひとつなく刻んだため刀が長持ちした。

その後彼に対する尊敬の念をもって”包丁”としてその名が伝わったと道上は話す。

中国の文化は凄いと。

その逸話は後にはこういった言い伝えまで聞こえてきた。

「庖」は調理場を意味する。「丁」は「園丁」や「馬丁」のように、そこで働く男、つまり庖丁の原義は「料理人」のことである。

『荘子』の「養生主篇」に、魏の恵王の御前で、ある庖丁(ホウテイ)が見事な刀捌きで牛一頭を素早く解体して見せ、王を感銘させる記事がある。

彼の使用した料理刀を後に庖丁と称し、これが日本語読みで「ほうちょう」となった。

かつて「庖」が当用漢字外とされたため同音の「包」で代用することが多いが、本来は「庖丁」。

家族がフランス到着後パリに住んでいた時に、道上はある日マダガスカルからの帰り、飛行機を乗り継ぎマンゴーを持って帰ってきた。

自ら包丁で筋を切り食べさせてくれた。

道上曰く、これは秦の始皇帝すらも食べられなかった世界一美味しい果物だと言っていた。

昔は届く前に腐ってしまっていたからだ。

のち東南アジアで何度かマンゴーを食べたが、あの時の味のマンゴーに出会ったことがない。

ボルドーの弟子(ロベールさん)に頼んで鶏を用意してパリに持ってきたことが何度かある。

日本とかパリのブロイラーとは似ても似つかない。

広大な土地を走り回っているせいか肉は少々固い。

ただよく噛んでもパサついた味にはならない。

決してつくられた脂身では無い、とうもろこしが主食の鶏だった。

口では上手く表現出来ないが噛めば噛むほど肉の味がした。

日本の鶏、あるいはパリの鶏の3倍の大きさは有ろうか。

それを道上は一人で一羽食べていた。

その後一人でおじやを大皿で二杯。

我々家族三人では一羽を食べるのがやっとだった。

一度「それだけしか食べないのかと」言われた愚息がおじやのお代り(二皿目)をしたが消化不良をおこし苦しんだ。

こういった話が毎日聞こえてくる道上家では、道上以外は小食で通した。

道上が持って帰ってくるものの中には、ボルドー地方のセップ(ceps)、日本で言えば松茸のようなものがあった。日本の松茸にはあまり味が無い。

セップは松茸のような繊細な香りは無いが味はすこぶる美味しい。

オリーブオイルで炒め塩だけで十分美味しい。

パリでのセップはボルドーのセップとは似ても似つかない。

ましてやイタリアのポルチーニとは全く違う。

パリのレストランではボルドーのセップと似ても似つかないものがステーキより高かった。

ボルドー地方のレストランでは地元の美味しいセップが食べ放題の所もあった。

食は地方にあり。

忘れてはいけないのがジャンボン・ド・バイヨーヌ(南西ピレネ近郊)の生ハム。

これもステーキよりも高い、イタリアの生ハムなんかよりも間違いなく美味しい。

大体世界のフランス系植民地は風光明媚で料理が美味しい。

一方イギリス系植民地は人間が暮らすのには必ずしも良い環境ばかりではなかった。

一概には言えないが、フランスとは逆に地下資源が豊富な所が多かった。

フランス料理はメディチ家によってもたらされたと、マンガのような事を言う日本人がいるが、紀元前、今のフランスあたりに居住していたゴルワ人(ガリア人)達の暮らしは、ローマ人が驚くほど食が豊富でまさにヨーロッパの中国だった。

貧しい中国人でも美味しい物を食べている姿を彷彿とさせる。

フランスは未だ世界有数の農業国であった。


【 道上 雄峰 】
幼年時代フランス・ボルドーで育つ。
当時日本のワインが余りにもコストパフォーマンスが悪く憤りを感じ、自身での輸入販売を開始。

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