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私と柔道、そしてフランス… - 第六十二話 ロレアルで新しい出発 -

【安 本 總 一】
早大柔道部OB
フランス在住
私と柔道、そしてフランス…
2020年1月30日

- 第六十二話 ロレアルで新しい出発 -

 帰仏して間もなく、真向かいに住む同僚・奥住さんから、彼にも出ていた「帰国命令」は撤回されたとの朗報が入りました。撤回の理由は分からないとのこと...。
奥住家は喜びで湧いていました。

 奥住さんは、1955年、日本電子の電子顕微鏡輸出第一号機と共に、設置技術者兼オペレーターとして来仏し、そのまま、納入先のサクレー原子力研究所に就職して、1968年に復職した日本電子縁の技術者です。

 20年も留守にしていた日本に帰ることなど到底考えられず、“ジェオルを辞めて、サクレーの研究所に戻るしかない”と言っていました。

 奥住さんの「帰国命令」が撤回された理由は、数日後に、竹内ヨーロッパ総支配人に退職の挨拶に行った時に分かりました。

 私にとって総支配人は、ロンドン滞在から日本電子就職への道筋をつけてくれた恩人です。更に、1968年にフランスに赴任した当時の私の働き振りを見るに見かねて、南仏モンペリエに修行に出してくれ、多くを学ばしてもらいました。そして、パリに呼び戻してくれたのも彼...。

 その総支配人の口から、ビックリするような話が飛び出しました。

 その当時、社長を務めていた、私のもう一人の恩人・富永さんが退社する意向とのこと...。一挙に三人の日本人に突然退社されては、ということで奥住さんの帰国命令が撤回されたようです。

 私にも、一応翻意の可能性を探る質問はありましたが、既にロレアルへの再就職が決まっていることももちろん知っていて、深く迫られることはありませんでした。

 そして、日本電子勤務の最後の数週間は、私が最後にトコトン追いかけて、まだ機種の選定がなされていなかったフランス石炭研究所を初めとした、重要なお客様への退職の挨拶で忙殺されました。

 4月1日から、ロレアル本社での研修が始まりました。

 ロレアルについては、電子顕微鏡を売り込んだ際に、かなり詳しい情報を得ていましたが、研修が進むにつれて、知らなかったニュースが当然のことながらどんどん入ってきます。

 例えば、高級化粧品ではヨーロッパ一の「Lancôme」、製薬会社「Synthelabo」、近代美術専門の画廊「Artcurial」などを買収していて、コングロマリット的なロレアル・グループを形成していたことなどで、連結売上高も、日本円で一兆円に迫る大企業になっていたことなどです。

 1907年、フランス人の化学者ウージェンヌ・シュエレールが、それまで、危険な薬品を使い、仕上がりも不安定なものだった染毛剤(ヘアカラー)に目をつけ、画期的な製品を開発して、これを当時のヘアサロンに自ら売り歩いたことが、ロレアル誕生の逸話になっています。

ウージェンヌ・シュエレール
【ウージェンヌ・シュエレール】

 さらに、1909年に「フランス無害染毛株式会社」を設立、これが「ロレアル」の原型になりました。会社の基本理念は、化学者らしく「研究開発」と「美しさのための革新」です。

 ところで、私と化粧品との出会いは、子供の頃のシャボン(石鹸)です。
これで、1963年にフランスに来るまで、全身を洗っていました。髪の毛も...。

 また、「たかが化粧品、されど化粧品」を意識させられたのは、日本電子に入社し、営業部で研修を受けているときに訪問した資生堂の研究室に伺ったときでした。

 日立の電子顕微鏡が数台とあらゆる分析機器が並んでいるのを目の当たりにしたことと、担当者から、化粧品の研究開発・製造には、皮膚科学・薬学・生物科学・色彩学・毛髪科学・心理学などの総合的な知識と先端技術が必要との説明があり、文字通り「目から鱗」の思いをさせられたことを思い出します。

 次回は「第六十三話 研修で学んだこと」です。


筆者近影

【安 本 總 一】
現在




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