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私と柔道、そしてフランス… 第六十三話「研修で学んだこと」

【安 本 總 一】
早大柔道部OB
フランス在住
私と柔道、そしてフランス…
2020年2月13日

- 第六十三話 研修で学んだこと -

ロレアル社の中心となる化粧品部門は、主に下記の3部門で構成されていました:

  • -美容室向け製品部門
  • -パブリック(一般消費者向け)製品部門
  • -高級化粧品(ランコームなど)部門

 この「パブリック製品部門」で一ヶ月間の研修を受けました。ハイパーマーケット、スーパーマーケット、デパート、大衆デパート、化粧品店、薬局などで、頭髪化粧品、香粧品、サンタン化粧品などを展開している部門です。

 1963年以来のフランス滞在中、あちこちで大量陳列されているロレアルの製品が目に入らない訳はなく、シャンプーはいつの間にかロレアルの「エルセーヴ(ELSEVE)を使っていました(現在も引き続き!!!)。 もちろん、これらの製品に日本で係わるようになるとは、夢にも思いませんでした...。

1970年代のエルセーヴ
【1970年代のエルセーヴ】

 この研修で学んだ最も重要なことは、「マーケティング」と「営業」の違いでした。

 この時代、日本の多くの企業は、営業(部)が中心で、マーケティングの仕事も営業が担っている場合が多く見られました。日本電子時代には、「マーケティング」という言葉さえついぞ聞かれたことはなく、「企画」という言葉が使われていたようです。

 欧米の企業では、「マーケティング」が企業の要で、そのためか、私の研修も3週間は、マーケティング部でのプロダクト・マネージャーのお手伝いのような形で行われました。

 研修の初日、マーケティング部長に「マーケティング」と「営業」の最も大きな違いを聞いたところ、即座に明快に答えてくれました。

 「対象」だというのです。営業は「お客様」、マーケティングは「市場」だと...。

 非常に感心したのは、ロレアルの生命線ともいえるこのマーケティング・グループの規模が非常に小さかったことです。

  私がお世話になったのは、頭髪化粧品、香粧品、サンタン化粧品、それぞれの担当マネージャーですが、他の製品を担当するマネージャー数名と秘書を加えてもほんの十数人に過ぎない小さなチームでした。

 その当時すでに、フランス人は働かない、などと言われていましたが、とんでもない!この少人数で、世界中のプロダクト・マネージメントの基礎を築くのですから...。可哀想なくらいよく働く人たちでした!

 少人数でやりくりするのを可能にしているのは、外部の業者を上手に使うことでした。製品そのものは世界有数のロレアル研究所が作り出しますが、容器のデザイン・広告などは外部の業者に任せていました。

 最後の一週間は、営業部で過しました。

 まず、本社で30歳のイギリス人、オーエンジョンズ部長に面会し激励を受けました。彼は、その後1988年に42歳でロレアルの社長に就任し、世界的な大富豪の一人になります。

 本社には、部長の外に、流通別(量販店、及び小売店)の責任者がいるだけで、実際にお客様を訪問して注文を取るセールスマンは、自宅から直接客先に出向き、出先から直接帰宅するということになっていて、会社には席はない...。

 翌日から、これらセールスマンに同行して、小売店でのセールスの模様を見学する予定でしたので、どこで彼らと落ち合えばよいのかを尋ねると、“彼らの住まいに最も近い郵便局の局留め係の前で”との指示がありました。

 その理由は、局留めには各セールスマン宛に、その日訪問する客先との取引状況、及びその日の受注目標が記載された電報が入っているからとのことで、それをもって客先を訪問するのでした。

 その作戦は大成功。4日間続けて4人の日替わりセールスマンとパリ市内の化粧品店・薬局などを訪問しながら、製品についての知識、セールス・テクニック、彼らの苦労話をゆっくり聞くことができました。

 この研修の間に言葉を交わした人たちの話から、ほとんどの人が、2、3の会社を経験していることと、職種を変えること(例えば、営業からマーケティングに変ること)は難しいこと、セールスマンは一生セールスマンで終わることなどを聞かされ、階級社会の厳しさに、身につまされました。

  次回は「第六十四話 フランス企業の社員として日本へ...」です。


筆者近影

【安 本 總 一】
現在




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