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私と柔道、そしてフランス… 第六十四話 フランス企業社員として日本へ..

【安 本 總 一】
早大柔道部OB
フランス在住
私と柔道、そしてフランス…
2020年2月27日

- 第六十四話 フランス企業社員として日本へ... -

 研修の締めくくりとして、「エルセーヴ・バルサム・シャンプー」発売発表会をベルギー・ロレアルで見学してくるようにとの指示がありました。

 発表会はベルギーのパブリック部門のセールス関係者全員を集めて行なわれ、その派手さには度肝を抜かれました。会社全体が“社運をこの一品に託す”という思いを込めているのを感じました。それも、新製品発売ごとに行なわれるとのこと...。

 また、ふだんは会社に席のないセールスマンが会社とのつながりを保つための重要なイベントであることも、分かってきました。

 こうして一ヶ月の研修を通して、“化粧品”という、私にとってまったく新しい世界に踏み出したのです。それも、斯界世界一のロレアルで...。

 このとき私の頭に浮かんだのは、私が日本電子に就職した時に、“ナニ! 安本が電子顕微鏡のセールス?”とビックリしていた柔道仲間達の顔です。今度は“エッ、化粧品?”といって、どんな顔をされるのか興味津々でした。

 こうした中で、研修が終り次第、とりあえず私が単身で帰国し、落ち着き先をはじめ、家族の受け入れ態勢を準備することにしました。

 また、ジュイ・アン・ジョザスの家からはできるだけ早く出なくてはならず、 8年にわたるフランス滞在でたまった家具・家電・衣類・書籍、それに買い換えたばかりの車「シムカ」などを処分して、家族と二匹の猫(内一匹は、ジュイを出る際行方知れずに...)は一時的にポアチエ市の家内の実家に“疎開”させ、渡日を待たせることになりました。

 この間、家内の苦労は大変なものがあったと思いますが、すべて計画通りにことを進めてくれました。

  その他の複雑な出国手続を経て、5月初旬に新しい赴任地“東京”に戻りました。

 到着した翌日、「(株)ロレコス(LOREKOS)」の銀座オフィスに出勤しました。日本におけるロレアルの本格的な流通を目指し、「(株)小林コーセー(現在・(株)コーセー)」と設立した合弁会社です。

 約3ヶ月前の面接で、“私のアシスタントとして来てくれ!”と言ってくれたジェラール・ヴィリエ専務と女性秘書が満面の笑みで迎えてくれました。

 早速始まった専務との打ち合わせでは、当然のことながら、3月1日に発足したばかりの当合弁会社の設立の経緯と現況が話題の中心になりました。

  まず、ロレアルが信頼できるパートナーとして(株)小林コーセーを選んだ理由について、次のような説明がありました。

 コーセーの創業者で当時の社長「小林孝三郎」氏との信頼関係。彼は、1962年に交わしたコーセー・ロレアル間の技術提携を、自ら渡仏して提案・交渉しまとめた功績者で、その後、ロレアルのパーマネント剤・染毛剤などの業務用製品を美容業界(注1)でのリーダーに育てあげたロレアルの恩人であること。1964年にはマーケティング活動の更なる推進を目的に、対等合弁会社(出資比率:ロレアル50% / コーセー50%)「コスメフランス(株)」を設立し自ら社長に就任して、日仏企業の成功例として高く評価されていたことなどがあげられました。

小林コーセー本社小林孝三郎社長
【小林コーセー本社】
【小林孝三郎社長】

 パブリック部門に関しても同様の協力を得られるものとロレアル側は思っていたようです。

 ロレアルの意図は、まず、デパートをはじめ、コーセーが契約を結んでいる全国の化粧品販売店などにロレアルの一般製品を流通させることにありました。

 コーセーはすでにロレアルのヘアスプレー・艶出し・脱毛剤を販売していましたが、ロレアルとしては、これらの製品の流通は中止して、ゼロからの出発を提案しました。ここまでは、コーセーはすぐに理解を示しましたが、次にロレアルが提案した流通政策はそれまでの良好な関係を反故にするものと受け取り、ロレアルに対して懐疑的というより、強い不信感を持つようになった、とのことでした。。

(注1)
美容業界:美容(院)室・理容(院)室を生業とする業界

次回は「第六十五話 制度品 / 一般品の違い」です。


筆者近影

【安 本 總 一】
現在




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